首狩り(読み)くびかり

改訂新版 世界大百科事典 「首狩り」の意味・わかりやすい解説

首狩り (くびかり)

他の集団に属する人間を襲って殺し,首級を手に入れることを目的とした慣行頭部に霊的な力が宿るという信仰が基本にあり,それを自分たちに有効な力として操作しようとする呪術・宗教的な行為である。南アメリカ,エクアドル領のヒバロ族は首級を念入りに加工し,保存する。日ごろから敵対関係にある集落の人間を,不意討ち,待伏せなど奇襲手段で殺し,切断した犠牲者の首級を持って安全な場所までひきあげると,直ちに頭骨を除去して,残りをそのまま土なべの中で煮て,縮小させる。最終的にこぶし大にまで小さくするためには,さらに加熱したり,乾燥させる要があり,これは村に帰ってから行う。直ちに加工にとりかかるのは,霊的な力(カカルマ)を封じ込めるためで,長時間犠牲者を放置したままにすると,その力は外界に拡散し失われると信じられている。両眼と口唇を糸で縫い合わせたり,全体を煙でいぶす処理も,同じ理由から行う。乾し首に封じ込められた力は,首級を手に入れた人の生命力として蓄積され戦争や邪術のもたらす危険に対抗する力として働く。首狩りは農耕民のあいだに特徴的な慣習で,しばしば豊饒,繁殖の儀礼と関連している。ルソン島ボントク族種まきの時期に首狩りを実行する。犠牲者の頭部,四肢を切断して村にもち帰り,広場にさらした首級のまわりで,祭りを催す。アッサムナガ族は,霊的な力が作物生育を促進すると信じ,犠牲者の四肢,頭部を畑にさしておく。また首狩りは通過儀礼の一環として行われることもある。ボルネオダヤク族では結婚するための条件として,若者は首級を手に入れる必要があり,台湾のアタヤルの首狩りは成人式の一部である。また死者をとむらうために首狩りを実行する社会もある。かつて首狩りは,東南アジア大陸部,インドネシアオセアニア,インド大陸,アフリカ,南アメリカなど広くみられた慣習であるが,今日はほとんど消滅したと思われる。
カニバリズム
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「首狩り」の意味・わかりやすい解説

首狩り
くびがり

自集団以外の者の首(頭部)をとる習俗。首をとるには殺すことになるが、目的は殺人ではなく首をとることである。いいかえれば、首狩りに共通する考えは、霊は人間の頭に宿るので、その霊を手に入れようとすることである。すなわち、自分たちに有利に運命を操作し除災招福をしたい、それには霊力の増強が必要である、増強するには自集団以外の霊力をも集めたい、その方法として他集団の者の首を狩り取ってくる、という論法である。狩り取った首をそのまま用いる所と、手を加える所とがある。手を加えても霊は去らないと信じる所でのみ加工がなされた。頭髪付きの頭皮(頭皮剥奪(はくだつ)scalping)、南アメリカの先住民ヒバロが頭蓋(とうがい)骨を抜き取ってつくる「干し首」、アンデスのパラカス地方に出土する頭部前半分と顔面だけの「首級トロフィー」などがそれである。

 半農半狩猟の部族は、縄張り争いが多いので、強力な敵の首(霊)は相手側の力を減らし自集団の霊力を増強することになる。首は、村落の入口に敵側をにらむように外に向けて飾られる。台湾の山岳民パイワンの社会では成人式のとき首狩りを義務づけられた。このようにして集まった首は棚にずらりと並べられ、村落の繁栄を祈る一種の祭壇とされた。農耕民の間では、霊の数が増えることで生産力が増強されるものと考え、作物の豊穣(ほうじょう)、家畜の増産、部族民の多産の儀式に、首が供えられた。

 ある期間飾られた首は、祭儀で慰霊したのちに埋葬される所と、しゃれこうべにして保存する所とがある。ミャンマー(ビルマ)北部のワ人は、畑に置いた首のうじ虫のわき方で、収穫の多少を占ったりしていた。

 前述のように首狩りは、インド、東南アジア、フィリピン、台湾、南北アメリカなどの農耕民・半農耕民に広く分布していた習俗であるが、文化が進むにつれしだいに消滅し、現在ではほとんど皆無になった。

[深作光貞]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「首狩り」の意味・わかりやすい解説

首狩り
くびかり
head-hunting

他集団員の頭部を切り取り,保持する習俗のこと。狩猟採集民にはまれで,ある程度発達した農耕を行なう諸民族間にみられるところから,農耕との関連で起こった宗教儀礼から発生したものと考えられる。首狩りによって武勇を実証すると入墨を施され,それによって初めて成人としての資格を得ることができた,台湾のタイヤル族などの例や,社会的な尊敬を得るための首狩り,あるいは身のあかしを立てるための神判としての首狩りなどもあるが,それらはいずれも派生的なものと考えられている。

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世界大百科事典(旧版)内の首狩りの言及

【アニミズム】より

…ある人の臨終に際し,親族が屋根に登り,または井戸の底に向かってその人の名を呼び,離脱しようとする霊魂を呼び戻そうとする魂呼びの風習は各地に見られた。かつて各地で行われた首狩りは,首に内在する霊魂を獲得することにより,狩りえた側の豊饒性を増大させることを目的としたとされる。死は身体からの霊魂の永久離脱を意味するが,死後の霊魂は天上,地上,地下などの他界に赴き,定められた時にこの世を訪れるものと信じられているところは少なくない。…

【イバン族】より

…19世紀から20世紀初頭にかけて盛んに移住と戦闘行為を繰り返し,世界有数の勇猛な首狩族として知られるに至ったが,その後サラワク政府による平定と,ゴム,コショウという換金作物の導入の結果,現在では定着的な傾向が強まっている。首狩りの盛行は1920年代に終えんをみた。サラワク州内の人口は32万(1975)を数え,同州における最大の単一民族集団であり,政治的にも侮りがたい勢力をもつ。…

【殺人】より

…いけにえの頭骨に牛脂を塗って神聖なヘビへの供物にしたのである。かつて存在した首狩りの慣行も,その多くは犠牲者の生命力を個人の中に,あるいは社会の中に取り込もうとする儀礼的殺人だった。 部族社会では呪術的なのろいも現実に殺人効果をもたらす。…

【ヒバロ】より

…社会構成上の特徴としては,父系に傾斜した非単系原理,一夫多妻2世代の小規模家族構成,妻方居住婚の優先などがあげられる。ヒバロ族は,かつて首狩りで手に入れた首級を乾首(ツァンツァ)に加工していたことで,よく知られている。首狩りと乾首は,幻覚体験(ダツラやバニステリオプシスなどの植物を利用),霊魂観(三つの魂を区別する),復讐行為,社会的威信などが複合した慣行である。…

【ワ族】より

…普通は1対)があり,信号用に用いられるが,山から太鼓を運び込むのは重要な儀礼である。伝統的な生活を残してきた地域では20世紀半ばまで首狩りを行い,春の播種期に首を狩りとってくることにより,その年の豊作を確実にした。オタマジャクシから怪物に変身し,洞窟に住んだ始祖夫婦が死ぬとき子孫に首狩りをしろと遺言した,と神話は語っている。…

※「首狩り」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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