イスラム思想史を代表する哲学者、医学者。ラテン名はアビケンナAvicenna。中央アジアのブハラ近郊に生まれる。著作活動は哲学、医学、自然学、数学など多岐にわたり、アラビア語、ペルシア語で著作する。アラビア語による哲学書、医学書の主要なものは中世ヨーロッパでラテン語訳され、中世ヨーロッパ思想界に深い影響を与えた。イブン・シーナーの活躍した時代は、ガズナ朝を開いたマフムードの台頭してきたころで、西南アジアの政情は風雲急を告げていた。各地の諸侯は国政を補佐する賢人を争って求めた。20代にしてすでにその天才ぶりが西南アジア全域に鳴り響いていたイブン・シーナーは、各地の領主から招きを受け、招聘(しょうへい)された先々で要職についたが、それだけにまた政治的変動の波にもまれることも多かった。波瀾(はらん)に富んだ生涯の終わりのころはイスファハーンの領主に大臣として仕えた。そのころ激務の疲れから酒色に慰安を求めることが多く、かえって健康を害し、ハマダンに客死した。
哲学者としては、存在の探究に卓越した業績を残している。存在を定義しえないが先験的に心のなかに確立されるとする。他方、存在は事物の本質との関係においてみるとき、存在は本質に対する偶有であるという。存在の諸相をこう分析したうえで、第一原因、必然存在者である神を頂点とした流出論的世界観を構築する。こうした存在の研究を踏まえて自らが「東方の哲学」とよぶ神智(しんち)論的哲学をさらに確立しようとしたらしいが、この思想を著した書物は散逸してしまい、現在では断片的にしかその内容を知ることができない。
[松本耿郎]
医学における彼のもっとも重要な著書『医学典範』Qānūn fī-l-tibb(全5巻)は、膨大な医学百科事典である。そこには、医学の一般原理、器官の病気、局所的な病気、薬剤が扱われているが、多くの点でアリストテレスやガレノスに似たところがある。たとえば病気の4原因は、質料因、形相因、起動因、目的因であるとして、それらを器官、体液、性質、構造、能力などに当てはめている。また苦痛を15種に区別している。生命力こそもっとも重要で、それは生命活動の源泉で、神からの流出であるという。この医学書は、それ以前のどの医学書よりも優れ、6世紀間にわたってその優秀さゆえに支持された。
そのほか、数学ではユークリッドの著作を翻訳したり、物理学では運動、接触、力、真空、光、熱を研究した。また錬金術についてはこれを信じなかった。
[平田 寛]
『伊東俊太郎編、五十嵐一訳・解説『科学の名著8 イブン・スィーナー』(1981・朝日出版社)』
ラテン名はアビセンナAvicenna。アビケンナとも呼ぶ。イスラム哲学者,医学者。ブハラ近郊に生まれ,ハマダーンで没した。幼少のころから天才を発揮し,18歳の時には形而上学以外の全学問分野に精通し,医師としても名声が高まった。やがてアリストテレスの形而上学研究に手を染め,ついに独自の存在の形而上学を完成した。彼の父がイスマーイール派の同調者であったため,彼自身もこの運動に共感をもっていた。多くの諸侯の知遇を得たが,若年の天才に対する世間の嫉妬やイスマーイール派との関係のため,時に王侯の宮廷で高位を得ることもあったが,絶えず身の危険を感じながら放浪の生涯を送った。著作は多岐にわたるが,とりわけ哲学者として存在論の発展に寄与した。彼は外界も自己の肉体もなんら知覚しえない状態で空中に漂う〈空中人間〉の比喩により,自我の存在がア・プリオリに把握されるとする。他方,存在を本質との関係でみると,存在は本質にとり偶有であると主張する。このため,ものの本質はその現存以前にそれとは別な状態で存在すると結論し,この状態の本質を〈本性ṭabī`a〉と呼ぶ。存在可能者の本性が現存者になるには,その存在を必然化する原因が要求され,この原因により現存する存在者は,当然,必然的性質を有することになる。こうして,現存するものはすべて必然的であるという結論が導入されたのである。しかし,真に必然的な存在は神のみであるから,現存者の存在が必然性を帯びてみえるのは思惟の領域にとどまる。外在における存在者はあくまで偶存であり,偶存であることが本質であるとされる。存在の真相についての彼の思索は,やがて彼を神秘的直知による把握へと導いていく。しかしながら,彼が晩年に目指した神秘主義哲学に関する著作は,散逸し全貌を知ることができない。彼の存在の研究は,弟子のバフマンヤール・ブン・アルマルズバーンBahmanyār b.al-Marzubān(?-1067)らに継承され,やがてモッラー・サドラーらの後期イスラム思想家たちにおいて開花する。また形而上学,医学の著書は,中世,西欧にラテン語訳され,トマス・アクイナスの存在論・超越論に大きな影響を与えた。その医学書《医学典範》は17世紀ころまで西欧の医科大学の教科書に使用されていた。哲学上の主著は《治癒の書》。
執筆者:松本 耿郎
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980頃~1037
ラテン名はアヴィケンナ(Avicenna)。イラン系ムスリムの医学者,哲学者。最初官界に入り,やがて医学を志して『医学典範』を著した。これはラテン語に翻訳され,中世ヨーロッパで最も権威ある医学書とみなされていた。のち哲学に専念し,100以上の著書があるが,主著は論理学,自然学,数学,形而上学からなる4部作『治癒の書』である。
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…該博な知識を傾け,ギリシア,インド,アラブの諸家の説に自己の臨床経験をも加えた病理,治療に関する大著《包含の書》は彼の没後,編集され23巻の大著となった。イブン・シーナー(ラテン名アビセンナ)は中央アジアのブハラ近郊で生まれ,流離の生活を送ったのち,1038年にイランのハマダーンで没。希世の大学者として業績が多く,ことにその《医学典範》は12世紀にラテン語に訳され,ヨーロッパ各大学でも数世紀にわたり,医学の典範として尊重された。…
…この時代には東はバグダード,ブハラ,ガズナ,西はコルドバ,南はカイロを中心に,アラビア科学が全イスラム的規模で百花繚乱と咲き乱れる黄金時代がつくられた。この絶頂期の科学は,ビールーニーとイブン・シーナーとイブン・アルハイサムによって代表させることができよう。この3人はそれぞれ異なった意味でアラビア科学の最高をきわめた。…
…11世紀に成立したイブン・シーナーの主著でイスラム医学の最高権威書。グルガーンやハマダーン等イラン各地の宮廷で典医として活躍した著者が公務の合間に,弟子のジューズジャーニーJūzjānīらとまとめた教科書的典範。…
…このためスンナ派の神学者は,哲学に対し激しく攻撃を加えるようになる。ファーラービーに次いで現れたイブン・シーナーは,アリストテレスの哲学的研究から出発して独自の存在論を確立し,後世のイスラム哲学に絶大な影響を与えた。彼の著作の大部分はラテン語訳され,中世ヨーロッパのスコラ哲学に深い影響を与えている。…
…その間,ギリシア,ローマの医学はアラビア人にひきつがれて命脈を保っていた。イブン・シーナー(アビセンナ)は《医学典範》を著し,ギリシア,ローマ医学の伝統をもつアラビア医学を集大成している。 地中海を経てアラビア文明がトレド,シチリア島,ベネチアなどからヨーロッパに流入するようになるのは11~12世紀ころからである。…
…ブンbunnは,コーヒーノキとその種実の原始名で,ブンカムはその生豆を乾燥し,いらずに砕いて煮出した麦わら色の液体であった。アラブ世界でそれが飲用されはじめたのは11世紀に入ってからで,哲学者,医学者として著名なアビセンナ(イブン・シーナー)は,具体的な飲用法を書きのこしている。その後2世紀ほど生豆による飲用が続いていたが,13世紀半ばころになって,豆をいって煮出すようになり,色は黒く,苦みはあるが香りの高いものに一変した。…
…これは中世においても知識の源泉として広く普及した。イスラム圏では,10世紀末に〈純潔兄弟団(イフワーン・アッサファー)〉と呼ばれる秘密結社の知識人集団が自然誌《純潔兄弟の学(ラサーイル・イフワーン・アッサファー)》を著したが,さらに膨大で影響力の大きかったのは11世紀のイブン・シーナーで,彼の自然誌は《治癒の書》と題された18巻の大著である。12世紀以後ヨーロッパでも自然誌への関心が高まり,プリニウスの抜粋本が多くつくられたほか,13世紀に入ってバーソロミューBartholomewの《事物の特性について》,ザクセンのアルノルトArnold von Sachsenの《自然の限界について》,カンタンプレのトマThomas de Cantimpréの《自然について》,バンサン・ド・ボーベの《自然の鏡》,アルベルトゥス・マグヌスの《被造物大全》など多くの自然誌を生んだ。…
… 占星術を好んだ神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の寵を受けたM.スコットの《人相論》,三次方程式の解法で知られるG.カルダーノの《占星術的人相学》,教皇アレクサンデル6世に破門されて焚刑に処せられたG.サボナローラの伯父M.サボナローラが著した《人相学》など,いずれも占星術による人相学である。他方,11世紀のアラビア科学を代表するイブン・シーナーの《動物の諸本性》は,霊魂と動物の形態とを目的論的に説明して神の摂理を説き,これに触発されたアルベルトゥス・マグヌスは《動物について》の中で人相学を論じている。 そしてルネサンス期にはアリストテレスの作と信じられていた《人相学》が人文主義者たちに広く読まれて,動物類推の人相学も流行していった。…
…なかでも〈精〉,つまりすべてをつらぬき不完全なものを完全化する霊妙な物質の探究は,〈エリクシルelixir(錬金薬)〉(アラビア語al‐iksīrに由来し,英語読みではエリキサー)作り,すなわち金属の粗悪さを治すとともに,人間の病気をも治す特異な薬剤の探究に向かった。 さらに10~13世紀にかけて,イブン・シーナー(ラテン名アビセンナ),イラーキーal‐‘Irāqīなど,医化学に興味をもつすぐれた哲学者たちがたくさん輩出した。〈精〉について記述した《エメラルド碑板》という作者不明の短い文書も見逃すわけにはいかない。…
※「イブンシーナー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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