普遍論争(読み)フヘンロンソウ(英語表記)Universalienstreit ドイツ語

デジタル大辞泉 「普遍論争」の意味・読み・例文・類語

ふへん‐ろんそう〔‐ロンサウ〕【普遍論争】

普遍は、個物に先立って実在する(実念論)のか、あるいは個物のあとに人間がつくった名辞唯名論)にすぎないのかという中世スコラ学の論争。→実念論唯名論

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精選版 日本国語大辞典 「普遍論争」の意味・読み・例文・類語

ふへん‐ろんそう‥ロンサウ【普遍論争】

  1. 〘 名詞 〙 ( [ドイツ語] Universalienstreit の訳語 ) 中世スコラ哲学で、普遍は実体として存在するか、人間の思考の中で存在するだけかをめぐって行なわれた論争。実念論は普遍が個物に先立って存在するとし、唯名論は普遍が個物をあらわす名前にすぎないとして対立した。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「普遍論争」の意味・わかりやすい解説

普遍論争
ふへんろんそう
Universalienstreit ドイツ語

ヨーロッパ中世哲学において、「普遍」universaliaをめぐり展開された存在論的・論理学的論争。普遍の問題はすでにプラトンアリストテレスにおいても論じられたが、ポルフィリオスがアリストテレスの『カテゴリー論』の序文(エイサゴーゲー)で、〔1〕類や種は実在するのか、あるいは単に空虚な表象像にすぎないのか、〔2〕もしそれらが実在するとしたら、それらは物体的か、あるいは非物体的か、〔3〕それらは感覚的事物から切り離されているのか、それともそのうちに存在を有するのか、という三つの問いを出し、ローマの哲学者ボエティウスがその注釈において問題の解決を試みて以来、ヨーロッパ中世とくに11世紀から12世紀にかけて、普遍に関するさまざまの存在論的・論理学的見解が現れ、論議が交わされた。

 この問題に対する最初の解答は「極端な実念論」とよばれるものである。それによれば、類や種という普遍は、精神のなかに存在するのと同じ仕方で、精神の外にある対象のなかに実在する。たとえば「人間」は、精神によって考えられたのと同じ仕方で一つの共通な実体として精神の外に実在し、したがって同一の種に属する個々の人間はこの実体を分有するか、あるいはこの実体に偶有が加わったものとなる。オーセルレミギウス、カンブレのオドー、シャンポーのギヨームなどがこの立場をとった。

 これに対して、普遍は「名称」にすぎず、実在するのは個物だけであるとする説を唯名論とよぶ。ロスケリヌスは、普遍は「音声の気息」flatus vocisにすぎないと主張したと伝えられている。このように普遍を「もの」resに帰するか「名称」nomenに帰するかによって実念論realismと唯名論nominalismが区分される。なお、普遍を概念であるとする説を概念論conceptualismとよぶ。12世紀のアベラルドゥスは、ロスケリヌスとギヨームを批判して独自の説をたてた。彼は「普遍は多について述語されるにふさわしいが、個物はそうでない」というアリストテレスの定義から出発し、普遍の問題を普遍的名称の命題における述語機能という観点から考察、普遍的名称の表意作用significatioの分析を通して、普遍はものでも音声でもなく「ことば」sermoであるとした。

 アベラルドゥス以後実念論は、シャルトル学派やサン・ビクトル学派において穏健な方向をとった。ソールズベリーヨハネスによれば、類や種はものではなく、精神がものの類似性を比較し抽象することによって、普遍的概念として統一した、ものの形相である。したがって普遍は、精神によって構成されたものであり、精神の外に実在しないが、精神による構成が抽象である限り、普遍は客観的基礎を有している。

 トマス・アクィナスドゥンス・スコトゥスも実念論の立場を保持したが、唯名論を発展させたのは14世紀のオッカムである。彼によれば普遍は個別的対象を表示する名辞あるいは記号である。実在するものは個物のみであり、普遍は個物ではないから、いかなる意味でも実在しない。普遍は論理学的身分のみをもつ述語あるいは意味なのである。

 普遍に関するさまざまの論議は、中世の論理学・存在論の形成と精緻(せいち)な展開にあずかって大きな力があった。

[宮内久光]

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改訂新版 世界大百科事典 「普遍論争」の意味・わかりやすい解説

普遍論争 (ふへんろんそう)
Universalienstreit[ドイツ]

普遍universalia(類と種)は自然的実在であるか,それとも知性の構成物にすぎないかをめぐって行われた中世哲学最大の論争。前者の主張を実念論(欧語は実在論と同一だが近代の観念論に対するそれと区別して概念実在論,略して実念論と称することが多い),後者の主張を唯名論と呼んでいる。この問題はプラトンとアリストテレスのイデア理解の相違にさかのぼるが,古代哲学においては一般に認識は対象を離れてはなく,論理学が形而上学から独立することがなかった。5世紀末~6世紀初めのローマの哲学者ボエティウスによって初めて論争の種がまかれた。初期スコラ学では実念論が優勢であったが,後期には唯名論が明確となって近代的思考が用意されたという経過をとっている。

 論争は同時に神学にもおよんだ。11世紀末のカンプレの司教オドOdoは原罪遺伝説を擁護し,アダムは多数の個の実体的統一であるから,アダムの子らはみな同一実体で,性質のみが異なると主張した。他方,オドと同時代でアベラールの師でもあったロスケリヌスRoscellinusは,実在するものは個物のみで,普遍はたんなる〈音声vox〉にすぎないと考えて,三位一体ではなく三神論を主張するに至った。アベラールはこの極端な唯名論をやや緩和して,普遍とは有意味な語たる〈ことばsermo〉ないし〈名辞nomen〉がさし示す意味であり,〈個物の一般的な漠然たる印象〉がこれに対応すると考えた。その後シャルトル学派やサン・ビクトール学派では,比較や抽象という知性の作用によって普遍概念が形成されることがみとめられた。

 13世紀のトマス・アクイナスはアラビアの哲学者イブン・シーナー(アビセンナ)の説をとり入れ,普遍は神的には〈ものの前にante rem〉,自然的には〈もののうちにin re〉,知性の抽象によって〈ものの後にpost rem〉あると考えた。したがって普遍は知性の所産であるとともに実在に対応するものとされる。これは〈穏やかな実念論〉と呼ばれる。14世紀に入ると,個物は普遍的本質によって規定しつくされない独自の存在であるとする個体主義が登場した。トマスは,神は人間の知りうる現実以外のものをつくりうるとして創造の不可知の可能性をみとめ,これを神の全能と摂理に帰したので,その限りで普遍が事物に先立ち神の知性のうちにあることを主張したが,後期スコラ学者は神を個的な無限者とみて,普遍概念とその必然性を神のうちにおくことをしなかった。この精神はルターにも影響している。

 オッカムは〈意味significatio〉と〈代置suppositio〉とを区別する。例えば〈ひとは死ぬ〉という命題において,〈ひと〉は一定の人を表示する意味ある語であるが,これは〈ひと〉という概念(概念名辞terminus conceptus)と解して初めて命題のうちにおかれ,個々人を記号的に代置し指示すると解されるのである。これによりオッカムは唯名論を論理学的に基礎づけ,かつ事物それ自体の認識は直観によることを主張して,形而上学的独断を排する経験主義の立場を明らかにした。
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百科事典マイペディア 「普遍論争」の意味・わかりやすい解説

普遍論争【ふへんろんそう】

ドイツ語Universalienstreitの訳。普遍universalia(種と類)は実在するか否かという中世スコラ学における論争。普遍は〈個物に先立って〉実在するという,エリウゲナ,アンセルムスらを代表者とするプラトン主義的実念論と,普遍は〈個物の後に〉人間の作った名前にすぎぬとする,ロスケリヌスに始まる唯名論とが対立。スコラ学全盛期のトマス・アクイナスは,普遍は神にあっては〈個物の前に〉,自然的には〈個物のうちに〉,知性の抽象によっては〈個物の後に〉あるとする穏健な実念論を提唱したが,14世紀にオッカムによって唯名論が復活し,スコラ学退潮の機縁となった。
→関連項目実在論ボエティウス唯名論

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「普遍論争」の意味・わかりやすい解説

普遍論争
ふへんろんそう
controversy of universals

普遍者の実在をめぐる中世の哲学的,神学的論争。実在論 (実念論) ,概念論唯名論がその主要な立場。史的には論争は 11~12世紀と 14世紀を二つの盛期とし,いずれも実在論の伝統に対して,論理学的方法に立脚する唯名論の主張として展開した。 11~12世紀の論争の代表者は唯名論でロスケリヌス,実在論でカンタベリーのアンセルムスとシャンポーのギヨームである。概念論者とされるピエール・アベラールはロスケリヌスとギヨームを師とし,両師を論駁した。種における類,個における種を実在とする後者を否定し,普遍は音声にすぎぬとする前者を批判して,個物のあり方に基づく抽象の働きから普遍者を語 sermoの機能とした。しかし神学的存在論より認識論への論点の移動の傾向とともに,論理学的観点に立つ唯名論に有利な土壌が準備されることになり,14世紀になってウィリアム・オッカムが唯名論を強く主張するようになった。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「普遍論争」の解説

普遍論争(ふへんろんそう)
Universalienstreit

中世哲学,神学における唯名論実在論の対立。論争は6世紀のボエティウスに始まるとされるが,10世紀まではプラトン主義的実在論が支配的であった。11世紀のスコラ学者ロスケリヌス,アベラールが唯名論を唱えて「普遍」を「名のみ」のものと説き,カンタベリアンセルムソールズベリのジョンの説く普遍の実在論と対立した。形而上学と論理学における論議は,キリスト教神学の信仰と理性の問題に広げられ,アリストテレス主義の導入により,トマス・アクィナスの説によって論争が解決されたが,14世紀以後再び対立をみる。

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旺文社世界史事典 三訂版 「普遍論争」の解説

普遍論争
ふへんろんそう
Universalienstreit

普遍が実在するか否かに関する中世スコラ哲学の論争
初め実在論が優勢。これに対し,普遍は名目にすぎず,個物が実在するという唯名論(名目論)が現れ,トマス=アクィナスは「普遍は個物の中に実在する」として両者を調停。

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世界大百科事典(旧版)内の普遍論争の言及

【概念】より

…たとえば,肯定や否定(したがって,真や偽)という用語は本来命題や判断にのみ適用可能であり,概念それ自体について肯定,否定(真,偽)を語り得ず,それらが構成要素として命題中に位置づけられた場合以外に概念に上記の言葉を用いることは拡大された意味においてのみ可能である。 概念が前述のように目で見,手で触れることのできない非心理的で非経験的な対象であることから,経験的な個物,個体に対してその存在論的性格をどのように考えるかについては古来さまざまに論じられ,とくに中世では普遍論争という大論争をひき起こした。そして,普遍概念に対しては,まず,普遍が個物と同様に,むしろ個物に先立って存在すると考える実念論の立場が挙げられる。…

※「普遍論争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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