イル・ド・フランス(読み)イルドフランス

百科事典マイペディアの解説

イル・ド・フランス

フランス中北部の地方。現在はパリ市を中心にその周囲を取り巻く7県から成る地方をさす。〈フランスの島〉の意。フランス全人口の19%を占める。王家発祥の地であり,フランス発展の中心。セーヌマルヌ,オアーズ川流域のパリ盆地を占め,美林古跡が多い。農業先進地帯として早くから開け,小麦,野菜,生花の収穫が多い。工業では化学,医薬品,電機・電子工学などが盛ん。印刷・出版の活動も活発に行われる。この地の言語がフランス語の標準になった。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イル・ド・フランス
いるどふらんす
le-de-France

フランスのパリ盆地中央部の地方、旧州名。北はピカルディー、東はシャンパーニュ、南はオルレアネ、西はノルマンディーの各地方に接する。本来、セーヌ川中流とその支流オアーズ川、エーヌ川、マルヌ川などの水流に囲まれたフランク人居住地をさしていた。「フランスの島」を意味し、フランス王国発祥の地である。
 フランクの豪族ロベール・ル・フォールRobert le Fort(?―866)の一族は、この地方に侵攻したノルマン人を撃退し、ここをロベール家の家領とした。このロベール家からフランス最初の王朝カペー王朝が生まれた。この地方は早くから三圃(さんぽ)制農法が行われ、豊かな収穫が約束された沖積層地帯であり、セーヌ川水系の諸河川は通商の要路として活用された。このような地の利はフランス王権発展の基となった。王権の発展に応じて、王家の城館や大聖堂がこの地方に集中する。ルイ9世時代のサン・ジェルマン・アン・レーの居城や16世紀フランス・ルネサンスの保護者フランソア1世の築いたフォンテンブロー宮、そして歴代国王の墓所となったサン・ドニ大聖堂などがそれである。政治と文化、富が首都に集中し始める17世紀には、パリ在住の貴族や高級官僚、そして富裕市民たちは、近郊に別荘を築くようになる。ルイ14世のねたみを買った財政総監フーケのボーの城館、文芸サロンで知られるランブイエ候夫人の城館などである。そして、もっとも壮大な建造物と庭園がイル・ド・フランス西部の丘陵に建設される。それがルイ14世の築いたベルサイユ宮殿である。宮殿の建設は、村々を取り壊し谷を埋め、台地を広げ、運河を掘るという、この地の自然を改造するほどの大事業であった。
 このようにイル・ド・フランスはフランス王権の歩みとともに変容した。この王権を打倒したフランス革命は地方行政制度を改革した。イル・ド・フランスという旧州も1790年をもって消滅した。現在のイル・ド・フランスは行政地域名として用いられ、パリとオー・ド・セーヌ、バル・ド・マルヌ、セーヌ・サン・ドニ、イブリーヌ、セーヌ・エ・マルヌ、バル・ドアーズ、エソンヌの8県を含む。パリを中心とする同国の中心部で、多くの工業都市や住宅都市を含み、大都市パリへ農産物や日用品を供給している。面積1万2012平方キロメートル、人口1095万2011(1999)。[千葉治男]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

夏至

二十四節気の一つであるが,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) の四季の中央におかれた中気。夏至は太陰太陽暦の5月中 (5月の後半) のことで,太陽の黄経が 90°に達した日 (太陽暦の6月 ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

イル・ド・フランスの関連情報