イギリスの生物物理学者。ニュージーランド生まれ。ケンブリッジ大学卒業後、1940年バーミンガム大学で物理学の学位を取得、第二次世界大戦中はアメリカでの原子爆弾製造計画(マンハッタン計画)に参加した。戦後、生物物理学の研究に着手、1946年ロンドン大学キングズ・カレッジに移って、ウイルスや核酸の研究を始めた。1951年ウィルキンズのリーダーシップのもとに構造解析に取り組んでいたロザリンド・E・フランクリンが、DNA(デオキシリボ核酸)の鮮明な結晶パターンを示すX線写真の世界最初の撮影に成功するとともに、水分の量(湿度)によって散乱のパターンが変化することも確認した。二重螺旋(らせん)構造を示唆するこの結晶DNAのX線写真は、ワトソンとクリックが1953年に提唱した正しい二重螺旋構造に到達する基礎を与えた。1962年、DNAの立体模型のX線回折による実証という業績により、ワトソン、クリックとともにノーベル医学生理学賞を受賞した。1981年以降ロンドン大学名誉教授。
[石館三枝子]
イギリスの思想家。F.ベーコンの示した実践的哲学に即して応用科学から教育にわたる知の革新運動を推進し,1668年以後はチェスターの司教に任ぜられた。チャールズ1世と議会との抗争に際して議会側で奮闘し,1648年の大学改革と同時にオックスフォードのウォダム・カレッジ学長となったが,チャールズ2世の即位後野に下り,ロンドンでローヤル・ソサエティ設立に尽力した。《新惑星に関する論述》(1640),《数学的魔術》(1648)など一般向けの科学教養書を執筆,また建築家C.レンと共同で要塞攻撃器械,潜水船,海水淡水化装置,飛行器械などの開発計画を作成した。68年には,彼の最もめざましい著作である人工言語案《真の文字と哲学的言語についてのエッセー》を公刊している。
執筆者:荒俣 宏
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…31年エッケナーHugo Eckener(1868‐1954)とツェッペリン飛行船LZ127による北極探検に参加,極地滞空106時間,科学観測を行う。同年8月G.H.ウィルキンズの北極潜航に参加,ノーチラス号で極海下を観察,以後ウィルキンズと組んで南極横断飛行に挑む。35年11~12月,ウェッデル海北西方のダンディー島を出発,ロス海に面する鯨湾へ飛び,その西方にエルズワース・ハイランド,操縦士名にちなむケニヨン台地などの地名を命名した。…
…ノビレらの救助に各国から援助隊が出動し,ノビレと不和であったアムンゼンもフランス機ラタム号で救助に向かったが遭難した。 1931年イギリスのG.H.ウィルキンズの潜水艦ノーチラス号探検は,スバールバルから極点をめざしたが故障し北緯82゜から引き返した。しかし海洋や海氷の観測に成果をあげた。…
…この装置については目撃者がニュートンに報告しているが,布を掛けて内部が見えないようにしてあり,軸に外力が働いていないかどうかは不明であった。 その他の方式のものとして,流体を循環させる永久運動機械の代表はJ.ウィルキンズの《数学的魔術》(1648)に述べられているもので,〈アルキメデスのらせん〉によって水を揚げ,その水力を利用してらせんを回そうとするものであった。パパンも静水力利用の永久運動について論文を書いている。…
…これに呼応してコメニウスは,中世以来の言語教育が〈単に言葉を暗記させるだけで事物や概念の本質を学ばせていない〉点を改善する抜本策を人工言語に求め,この運動に参加した。一方イギリスでは,F.ベーコンが記号と意味の緊密な結合を示す漢字に着目し,次いでJ.ウィルキンズは〈漢字のように文字自体がその概念を表現しうる記号体系=真の文字real character〉を考案,詳細を極めた人工言語案《真の文字と哲学的言語についてのエッセー》(1668)を公にした。当時発足したローヤル・ソサエティも,この提案を支援した。…
※「ウィルキンズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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