分子構造(読み)ぶんしこうぞう(その他表記)molecular structure

改訂新版 世界大百科事典 「分子構造」の意味・わかりやすい解説

分子構造 (ぶんしこうぞう)
molecular structure

分子内における構成原子の数や種類とその配置や結合様式などを指す言葉。科学の進歩に伴ってその内容は具体性を帯び精密化するとともに,広範囲の問題を含むようになっている。量子力学が化学に適用される以前においては,分子構造を決めるということは分子の構造式を決めることとほとんど同義であった。当時でも各種元素の原子価が知られ,とくに炭素原子に関してはケクレの四原子価説,光学異性体とそれに関連した正四面体原子価説など重要な考え方が生まれていたから,分子内での原子の立体的な配置のことが念頭にあったには違いないが,おもな関心は構造式の決定であった。すなわち,化学分析や分子量の測定から分子式を求め,化学反応や異性体の知識など化学的な手法によって構造式を決めることであった。これは,同じ分子式であっても性質の異なる異性体が存在するので,とくに有機化学錯塩化学において重要なことであった。有名な例はエチルアルコールジメチルエーテルで,これらは同じ分子式C2H6Oをもちながら構造式が異なり,互いに構造異性体の関係にある(化学式)。また立体異性体と呼ばれるものに,シス-トランス異性(幾何異性),いす形-舟形異性,光学異性などがある(立体構造式)。さらに近年では,単結合のまわりの回転によって生じる回転異性体または配座異性体が区別できるようになっている(配座解析)。回転異性に関しては,昭和初期に日本で先駆的な研究が行われた。

 そのころから種々の物理的な手法が分子構造の研究に採り入れられるようになり,量子力学の発展とともに新しい手法,理論的な研究も加えられ,分子構造に関する知識は今日著しく豊富に,かつ精密になってきている。分子構造を記述するうえで重要な因子は,原子価や異性体のほかに,結合の長さ(結合間隔,核間距離),隣り合う結合のなす角度(結合角)などの幾何学的な因子と,電気的な双極子モーメント磁気モーメント,分極率,などの物理的因子,さらには結合の強さに関係する解離エネルギーや力の定数などがある。これらの因子を求める手段は,回折法と分光法に大別される。このほかにも古典的な熱測定,誘電率,磁化率の測定なども併用される。

 回折法ではX線,電子線,中性子線が用いられ,それぞれの特徴を生かして使われる。とくにX線回折は汎用性が高く,結晶内分子の骨格を決めるうえで欠かせない手段である。低分子から高分子まで天然物や生体内の複雑な分子も含めて,すでに多数の分子の構造を決めるのに役立ってきた。しかし,X線では水素原子に関する情報は不十分で,これに対しては中性子線回折や核磁気共鳴が利用される。中性子線はまた磁性体の磁気構造を調べるうえで有用である。電子線回折は結晶や結晶表面の分子にも使えるが,むしろ比較的簡単な気相分子の構造を決めるうえで威力を発揮する。またこれらの回折法は液体,溶液,非晶質物質の局所構造の研究にも使われている。また,条件が整えば電子顕微鏡下で分子の形を直接観測することもでき,19世紀初頭には仮説にすぎなかった分子の存在が,現実のものとなっている。

 一方,分光法では,マイクロ波領域から,赤外,可視・紫外,真空紫外,近年ではX線領域まで種々の分光法が開発され,またそれぞれのなかでも対象に応じた種々のくふうが凝らされ,安定な分子から不安定で寿命の短い分子まで詳細な情報が得られるようになっている。マイクロ波から赤外線領域に現れる回転または振動回転スペクトルおよび可視・紫外域の電子遷移に伴って現れる回転構造の解析からは,核間距離,結合角に関する精密な知識が得られる。また赤外吸収やラマン効果振動スペクトル,電子遷移に伴う振動構造の解析からは,結合の力の定数の決定,原子の配置とくに種々の異性体の区別などができる。このほか,旋光スペクトル,光電子スペクトル,核磁気共鳴,電子スピン共鳴,極四極共鳴,質量分析,メスバウアー・スペクトルなどからも有用な情報が得られ,それぞれの特徴を生かして使われている。

 とくに核磁気共鳴は水素原子の位置の決定,回転異性の問題などに有効である。これらの分光法においてパルス(とくにレーザーパルス)技術の果たした役割は大きく,寿命の短い反応中間体や励起状態の分子の構造に関しても,しだいに知識が集積されてきた。これらは化学反応を理解するうえできわめて重要である。

 19世紀末まで不可分と考えられていた原子が,原子核と電子から構成されていることがわかり,原子価あるいは化学結合が,これらの粒子間の相互作用で記述されるようになると,分子構造は単に分子内における原子核の位置を決めることだけでなく,分子内の電子の挙動も含めた問題として把握される。一方,化学反応も含めた分子または分子集合体の諸性質には,分子の電子状態が強く反映されている。これらの関係を統一的に理解しようとするのが分子構造論と呼ばれる学問分野である。その点で上述のような実験とその結果の理論的解釈が必要であり,さらに理論的な予測も重要な役割を果たしている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「分子構造」の意味・わかりやすい解説

分子構造
ぶんしこうぞう
molecular structure

分子内における各原子の空間配置,およびそれらの結合の状態をいう。原子相互の配置を簡単な原子価に基づいて二次元的に表わす構造から,立体異性や立体障害を説明するための三次元構造まで種々の構造表現形式がある。分子結晶をつくる場合では,X線による三次元構造解析によりほとんど一義的に分子構造を知ることができる。液体,気体,溶液状態にある分子では,結合の電子状態は紫外線吸収スペクトルから,結合の振動状態は赤外線吸収スペクトルラマンスペクトルから決められ,有機化合物の水素原子の位置や相互関係,原子団や結合の相互関係などは,核磁気共鳴吸収スペクトルや質量スペクトルから決められる。最近では量子力学に基づく理論的な立場で結合を考え,電子状態を計算し,分子構造を推定できる。

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化学辞典 第2版 「分子構造」の解説

分子構造
ブンシコウゾウ
molecular structure

分子を構成する原子の幾何学的配置からはじまって,それぞれの原子の結合様式,分子全体としての静的性質,さらには動的性質まで,分子に関するすべての性質と状態を表すのに使われている.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

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