ウイルス性下痢症

内科学 第10版 「ウイルス性下痢症」の解説

ウイルス性下痢症(ウイルス感染症)

(3)ウイルス性下痢症(viral diarrhea)
概念
 ウイルス下痢症は,ウイルス性胃腸炎(viral gastroenteriris)とほぼ同義語として用いられ,嘔吐や下痢を主症状とする.感染症発生動向調査の感染性胃腸炎の約半数を占める.
病因
 起因ウイルスとして確立しているのはロタウイルス(A,B,C),ノロウイルス,サポウイルス,アデノウイルス(40-41型),アストロウイルスの5種のウイルスである(表4-4-11).このほかにも,わが国で発見されたピコルナウイルス科コブウイルス属のアイチウイルスなど胃腸炎の起因ウイルス候補が見つかっている.
疫学
1)ロタウイルス:
糞口経路で感染し,潜伏期は24~72時間である.小児の脱水を伴う重症下痢症の約50%はロタウイルスである.温帯地方では冬季(11月から4月)に流行する.新生児期の発症は少なく,生後6カ月から2歳までの罹患率が高く,また最も重症化する.5歳までにおよそ40人に1人がロタウイルス下痢症で入院する.
 成人にみられる感染性胃腸炎の約10%はロタウイルスAに起因する.また,高齢者が入所している施設などで集団発生を起こすことがある.
2)ノロウイルス:
糞口経路で感染し,潜伏期は24~48時間である.健康成人では,通常1~3日で回復し慢性化することはない.また,約50%が不顕性感染である.
 疫学的には,①ウイルス性胃腸炎の集団発生またはウイルス性食中毒,②乳幼児急性胃腸炎,③医療関連施設での胃腸炎の施設内感染,④成人の散発性胃腸炎の原因ウイルスとして重要なウイルスである.ノロウイルスによるウイルス性食中毒は毎年11月から翌年の4月にかけて頻繁に発生する.同時期に多発する医療関連施設での集団発生例のほとんどは,ヒトからヒトへの感染である.
3)サポウイルス:
糞口経路で感染し,主として乳幼児の急性胃腸炎を起こす.
4)アストロウイルス:
糞口経路で感染するが,汚染された食物を感染原として集団発生を起こすこともある.
5)アデノウイルス:
糞口経路でヒトからヒトへと伝播する.食中毒の原因となることはめったにない.
病態生理
 下痢症ウイルスは経口的に侵入,腸管上皮細胞に感染し,ここで爆発的に増殖する.ウイルスの増殖により,吸収能力をもった小腸の成熟分化上皮細胞層が破壊される結果,水分の吸収不全に至り,下痢と脱水が起こる.これに加えて,ロタウイルス感染においては,腸管神経系の活性化,非構造蛋白質NSP4のエンテロトキシン活性による分泌性下痢症の発症が考えられている.
 ウイルス性下痢症は短い潜伏期の後に発症する急性局所感染症であり,ウイルスの増殖は腸管局所に限局し,ウイルス血症を起こさない.しかし,ロタウイルス感染の急性期にはウイルス血症が起こり,病態との関係が研究されている.
臨床症状
 原因がいずれの下痢症ウイルスであっても無症候性~軽症~中等症~重症と症状の出現のしかたは多様である.また,原因ウイルスのいかんにかかわらず類似の臨床症状が現れる.典型的な症例では,急激に始まる嘔吐に引き続き下痢と発熱が起こる.下痢便の性状は水様性であり血液が混じることは原則としてない.ウイルス性下痢症の多くの症例で嘔吐が先行または併発する.ウイルス性食中毒の場合では,原因と思われる食事摂取から少なくとも12時間は経過して発症する点がブドウ球菌性食中毒との鑑別点である.また,ノロウイルス感染では下痢症状がなく嘔吐のみの場合もある.腹痛は強くない.また,健康成人のノロウイルス下痢症の場合,発熱は38℃未満で,症状の持続も1~3日であることが多いが,乳幼児や高齢者の感染では重症化する例も少なくない.
診断
 臨床症状から症候群としての感染性胃腸炎を疑うが,診断確定のためには病原ウイルスの特定が不可欠である.また,ウイルス性下痢症が疑われた場合,家族内に同様の患者がいないか,原因となることの多い生カキを喫食していないかなど食中毒を疑った病歴聴取も必要である.食中毒が疑われる場合には,食品衛生法に基づき24時間以内に最寄りの保健所に連絡する.
 酵素免疫吸着測定法(ELISA),イムノクロマト法などの抗原検査による迅速病原診断がロタウイルスA,ノロウイルス,アデノウイルス,アストロウイルスで可能である.ノロウイルスおよびサポウイルスの診断はポリメラーゼ連鎖反応PCR)による核酸診断が基本である.また,ロタウイルスの検出には電子顕微鏡による直接観察やポリアクリルアミドゲル電気泳動法によるゲノムRNAの検出も高い特異度のために診断価値が高い.
合併症
 乳幼児のロタウイルス感染において,脳炎・脳症,肝障害,腸重積症などが下痢症の経過中に起こることが報告されている.
予後
 脱水に対する適切な治療を行えば,ウイルス性下痢症は基本的に自然の経過に任せて治癒する.
治療
 治療の基本は嘔吐および下痢により喪失した水分の補給と電解質の補正である.合併症のない中等症以下の症例では嘔吐があっても経口補液の適応である.中等症~重症で強い脱水のある症例に対しては,点滴補液を行い,その絶対的適応は,重度の脱水,意識障害,ショック状態である.乳幼児における中等症以上のロタウイルス下痢症の治療では,初期に十分な点滴輸液により脱水状態を回復しておくことが重要である.
予防
 ロタウイルス下痢症の予防策として,経口弱毒生ワクチンが世界的に使用されている.定期接種に導入している先進国ではロタウイルス下痢症入院患者や院内感染の消失など大きな効果があがっている.しかし,ロタウイルス下痢症死亡の多い最貧の発展途上国でどこまで有効性を改善できるかが課題である.また,ノロウイルスワクチンの臨床試験が開始されている.
 ロタウイルスやノロウイルスは,10個程度の感染性ウイルスにより感染が成立し,また物理化学的抵抗性が大きいこと,下痢症状回復後もウイルスの排泄が持続することが多いため,患者の便・吐物の次亜塩素酸による処理などは重要であるにしても,消毒薬のみに頼った感染予防は困難である.消毒薬を使った手洗いの有効性が明らかではない一方,石鹸と流水による十分な手洗いの効果は認められている.ノロウイルスによる医療関連施設内感染の集団発生に際しては72時間の病棟閉鎖,スタッフが感染した場合には症状消失後48時間経過するまで職場に復帰させないなどの処置が,集団発生の迅速な終焉につながっている.[中込 治]
■文献
Bishop RF, Kirkwood CD: Enteric viruses. In: Desk Encyclopedia of Human and Medical Virology (Mahy BWJ, van Regenmortel MHV, eds), pp69-77, Academic Press, 2010.
Gastanaduy AS, Begue RE: Acute gastroenteritis viruses. In: Infectious Diseases 3rd ed(Cohen J, et al eds),pp1511-1519, Mosby-Elsevier, 2010.
Glass RI, Parashar UD, et al: Norovirus gastroenteritis. N Engl J Med, 361:1776-1785, 2009.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「ウイルス性下痢症」の解説

ウイルス性下痢症
ウイルスせいげりしょう
Viral diarrhea
(感染症)

どんな感染症か

 主に、ロタウイルス、ノロウイルス、サポウイルス、アストロウイルス、腸管アデノウイルス、パレコウイルスが原因の嘔吐・下痢症です。そのほかに、E型あるいはA型肝炎ウイルス、サイトメガロウイルス、アイチウイルスなども腸管感染症の原因になります。

 日本では乳幼児を中心に、主にロタウイルスは冬期後半にみられ、ノロウイルスは初冬にみられます。また、ノロウイルスは食中毒の原因ウイルスでもあります。ノロウイルス感染症は二枚貝などの食中毒とともに、調理従事者からの食品の汚染や、施設内でのヒト­ヒト感染が問題となっています。これらの感染症の症状には個人差があります。成人になるまでにほとんどの人が感染します。

症状の現れ方

 突然の嘔吐・下痢で始まります。過去に感染をしていると、気持ちが悪い程度で終わることがあります。

 主要な6つのウイルスのなかで、ロタウイルスの症状が通常いちばん重症です。ロタウイルスでは下痢が1週間ほど続くことがありますが、そのほかのウイルスでは数日で終わります。

 そのほか、発熱、呼吸器症状を伴うことがあり、まれにけいれん、脳症、腸重積(腸管の一部が腸管腔内へ入り込む)などが起こります。

検査と診断

 乳幼児で冬期の下痢症の場合は、ロタウイルスとノロウイルス、サポウイルスなどの小型球形ウイルス感染症を考えます。学童・成人では、細菌およびウイルス性の感染症をまず考えます。膿性血便の場合は、細菌感染をまず考えます。顕微鏡下で細菌性の場合は好中球が多くみられます。

 ロタウイルス、アデノウイルス、ノロウイルス、アストロウイルスでは、イムノクロマト法による迅速診断薬が市販されています。下痢を起こすウイルスは多種あるために、各ウイルスごとのプライマーを用いた遺伝子増幅法があります。食材からは定量法も用いられます。

治療の方法

 嘔吐に対しては鎮吐薬(ちんとやく)を使用します。経口摂食が可能であれば、少量で回数を多くした食事が原則です。経口補液を行うこともあります。経口で摂食が不可能な場合、あるいはその危険性がある場合は経静脈輸液を行います。

 止痢薬(しりやく)は原則として使いませんが、ラックBやビオフェルミンなどの生菌製剤は用います。

病気に気づいたらどうする

 下痢の頻度が数回以上、次第に下痢が多くなってくる、いつもと違って元気がない、うとうとする、涙や尿の出が少なくなったなどの場合は受診してください。嘔吐で経口摂食ができない場合や、けいれんなどを伴う時も必ず受診します。

 乳幼児の点滴などを考えると、小児科専門医に受診することが望まれます。

関連項目

 急性胃腸炎ロタウイルス下痢症ノロウイルス感染症

牛島 廣治

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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