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ウェークフィールド ウェークフィールドWakefield, Edward Gibbon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウェークフィールド
Wakefield, Edward Gibbon

[生]1796.3.20. ロンドン
[没]1862.5.16. ニュージーランド,ウェリントン
イギリスの政治家。入獄の体験から刑法の改正運動を起した。オーストラリア南部を流刑者ではなく自由植民者の居住地にする運動を主唱し,ニュージーランド植民をも主張。 1839年カナダに関するダラム報告の企画者の一人となる。

ウェークフィールド
Wakefield

イギリスイングランド中北部,ウェストヨークシャー地域南東部の都市。周辺を含めてウェークフィールド地区を構成する。マンチェスターの東北東約 55km,ペナイン山脈東麓にあり,コールダー川に臨む。ウィリアム1世による土地調査書『ドゥームズデイ・ブック』(1086)に言及されており,1308年頃には羊毛市場が置かれ,のち織物業の中心地として発展した。今日でも織物工業が盛んだが,食品加工業,機械工業,金属工業なども発展。オセット,ノルマントン,カッスルフォードなどの町があり,エア・コールダー運河によりハンバー川と連絡する。地区面積 333km2。地区人口 31万5172(2001)。都市人口 7万6886(2001)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ウェークフィールド【Wakefield】

イギリス,イングランド北部にあるウェスト・ヨークシャーの州都地名はwake(守護聖人祝祭劇)の開催される場所の意。人口31万7000(1995)。コルダー川の中流に位置し,西ヨークシャー工業地域の代表的な羊毛工業都市。リーズ南方にあり,炭鉱や化学・機械工業も立地し,周辺農村の市場中心でもある。サクソン時代には王室荘園の中心であったが,1460年にはばら戦争戦場となり,ヨーク公リチャードが斬首された。

ウェークフィールド【Edward Gibbon Wakefield】

1796‐1862
イギリスの経済学者で植民地政治家。1834年に南部オーストラリア植民のための協会を組織。次いで〈ニュージーランド土地会社〉をロンドンで組織,その経営にあたった。イギリス政府ははじめ協力を拒否したが,彼は39年独力で原住民から土地を購入し,〈トーリー号〉を派遣して植民者を送り込んだ。しかしフランスがこの島の領有を企てるに及んで,イギリス政府もこれをニュー・サウス・ウェールズ植民地の一部として公認した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ウェークフィールド
うぇーくふぃーるど
Wakefield

イギリス、イングランド中北部、ウェスト・ヨークシャー大都市県にある都市。リーズの南方約15キロメートルに位置し、商工業が盛ん。人口31万5173(2001)。産業革命期までの約700年間、ヨークシャーの毛織物工業と商取引の中心地。革命期以降その地位をリーズおよびブラッドフォードに奪われた。今日は工業業種も多様化している。14世紀に建築されたチャントリー・チャペルは橋の上の礼拝堂として有名。[久保田武]

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