日本大百科全書(ニッポニカ) 「エイジング」の意味・わかりやすい解説
エイジング
えいじんぐ
aging
ageing
エイジングの定義と老化の原因
エイジングは老化、加齢、老齢化などと訳される。老化は広義の老化、加齢と狭義の老化に分けられる。広義の老化、加齢現象は受精によって始まり、受精卵の分化過程、胎児の各時期を経て、誕生、新生児期以後の発育、成熟、衰退、死亡するまでの全過程をさす。狭義の老化は成熟期以後の衰退をさす。
本稿では、狭義のエイジングについて述べる。
〔1〕プログラム説
老化は遺伝子によって制御、プログラムされているという説である。哺乳(ほにゅう)類の寿命は固有の最大寿命というものがある。脳の重量、体重、性成熟に要する時間などと正相関し、とくに培養線維芽細胞の寿命が注目されている。ヒト胎児から取り出した肺由来線維芽細胞を継代培養していくと約50世代(50倍加数)が最大であり(細胞分裂寿命Hayflickの限界)、それ以上は倍加せず、分裂は止まってしまう。この倍加数が短寿命動物ほど短いことが示された。真核細胞の染色体の両末端に存在する6塩基を1単位とした反復配列(TTAGGG)とタンパク質と結合した複合体を形成しているテロメアの反復配列は、細胞分裂によるDNAが複製するたびに、すなわち細胞分裂をするたびに短くなって、ついには消失する。このため、テロメア長は「細胞内時計」といわれている。
生体には、死があらかじめプログラムされた「アポトーシス」という現象が、免疫細胞や神経細胞などに存在する。生体にとって有害な物質や不要な物質は発生過程で死滅するし、増殖や分化した成熟細胞も役割を終えるとすみやかに排除される。不要な細胞の染色体DNAおよびクロマチンが断片化されることにより、細胞が断片化されて食細胞にとりこまれて死滅する。これは細胞自身の自爆装置ともいえる。これも老化から死へのプログラムされた過程である。
〔2〕遺伝外因子
(1)DNAの損傷、磨耗 DNAが放射線、紫外線、化学的物質などにより損傷を受け、修復がきかない状態や、軽微な障害でも蓄積すると磨耗するという説がある。
(2)活性酸素(フリーラジカル) 酸素、活性酸素により細胞障害をひきおこす。生体はこれに対する防御機構をもっているが、老化は体重あたりの酸素消費量で規定されている。
(3)加齢に伴うタンパク分子間の架橋結合による細胞機能障害 コラーゲン、エラスチンの構造タンパク質は架橋形成により高分子化、不溶化が進む。これが、組織に沈着して排除できなくなる。
(4)エラー破滅説 DNA損傷の際、複製、転写、翻訳時に生じる塩基配列の誤認識が受け継がれて異常タンパクが集積され、細胞機能の障害を生じる。
(5)リポフスチン、アミロイドなどの変異酵素や異常タンパク(老廃物)の蓄積 加齢に伴う異常タンパクを除去するプロテアーゼ系の調節の異常。
[都島基夫]
生理的老化と病的老化
(1)生理的老化 狭義のエイジングで、誕生、発育、成熟後にすべてのヒトでおこる老化は非可逆的な変化で、普遍的、進行性である。また、遺伝的にプログラムされた内在性で、生体にとっては有害なものである。これが生理的老化であり、加齢に伴う形態や機能の低下がおこる。成熟時点は臓器や機能により異なるが、成熟頂点以後は老化が開始する。心臓を除くほとんどの臓器は萎縮を始める。心臓は心筋肥大等で加齢に伴い大きくなり、血管は拡張する。すべての機能は低下する。各臓器のもつ予備機能は加齢とともに減少し、予備機能がなくなった時点で臓器不全が開始する。
したがって「アンチエイジング」はありえず、メディカルケア・フォー・エイジングというべきであろう。
(2)病的老化 生理的老化に加えて、種々の疾患や習慣などの環境因子がストレスとなり、老化の進行が速くなり、寿命が短縮する。これは原因を取り除くことにより、ある程度可逆的に変化する。
[都島基夫]
病的老化の原因と高齢未病
(1)喫煙、健康リスクと老化の進行 病的未病をひきおこす原因の一つには生活習慣の乱れがある。喫煙は強い活性酸素をひき出す作用があり、たばこ4本の喫煙で酸化を消すビタミンCの1日の所要量を使い切ってしまい、多く吸えば吸うほど活性酸素による健康被害が蓄積する。すなわち、細胞傷害により免疫を司る染色体は傷つき、癌(がん)や炎症に対する抵抗力が減弱し、癌や白血病が発生しやすくなる。10年間毎日10本以上喫煙した母親の胎児の染色体は高率に傷ついて、新生児・小児白血病の発症頻度が高いことが報告されている。50歳代の男性では、喫煙者の死亡率は非喫煙者より12%多いという厚生労働省のデータがある。50歳代の死因の50%近くが癌であることを考えれば、たばこによる酸化作用が細胞を老化させ、染色体に傷をつけて免疫機能を弱め、若くして老化と死をもたらすものといえる。また、コラーゲンの生成を妨げ、血管や気道の弾性を減弱させて老化を進めるため、肺気腫や肺線維症を誘発し、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の原因となる。また動脈瘤(りゅう)をつくりやすく、喫煙者では非喫煙者より3~4倍、動脈瘤の破裂によるくも膜下出血が多くなっている。
たばこに限らず、健康リスクといわれるもののほとんどが老化を進行させる病的老化の原因となる。
(2)加齢と多臓器不全と生体の死 若いときの病気による臓器障害は、ほかの臓器の予備機能(生気)が十分にあるため、障害臓器のケアによって長期に生命は維持できる可能性がある。若くして慢性腎炎(じんえん)の治療のため腎透析に入った場合などである。
40歳代後半から75歳までの死因の50%近くは悪性腫瘍(しゅよう)であるが、比較的若いときは細胞の分裂能が高く、癌の転移がおこって多臓器不全から死に至る。高齢になれば、ほかの臓器の予備機能も限界に近づくため、簡単に多臓器不全をひきおこして、死を短期のうちに迎えることになる。
たとえば、かぜをひいた場合、若いときであれば免疫機能が高いので放置しておいてもすぐに軽快するが、高齢になると肺炎に移行しやすく、各臓器の酸素が不足したり循環が悪くなるなどのきっかけにより心臓に負担がかかり、心不全をひきおこしたり、腎臓からの排泄(はいせつ)が悪くなり腎不全になったり、脳の酸素や循環血流量が減るため脳血管障害を発症する、など多臓器不全を合併して死に至ることが多い。
[都島基夫]
高齢者医療の注意点
軽い心不全で入院した高齢者に、若い患者と同じマニュアル化され、考えることをしない治療を施すと、利尿剤で心不全は軽快しても、血液中の水分が失われ、血管がつまりやすくなって脳梗塞(こうそく)をひきおこしたり、痰も水分を失い粘張になるため痰がつまって呼吸不全をひきおこすなど、新規の医原性合併症をつくることがある。逆に脱水を伴った脳梗塞患者に、水分を投与しすぎて心不全をつくることもある。
すべての面で高齢者は予備機能が減少しているため、高齢者の医療は個人にあった、考える医療が必要となる。
[都島基夫]