翻訳|chaos
数学的現象の名称。人口や生物の個体数の時間的変化を記述する数学のモデルの歴史を考えてみよう。T.R.マルサスの法則(1780)はu(t)を時刻tでの個体数として,微分方程式du/dt=Auで記し,この解としてuはtの指数関数exp(At)となる。Aは正のとき増殖率と呼ばれ,時間がたてば人口または個体数は無限に増えつづける。つぎに出たモデルはベルハルストP.F.Verhulstが1838年に,アメリカの人口増加のモデルとして提案したもので,ε,hを正の定数とすればdu/dt=(ε-hu)uと書かれる。このモデルについては,正の初期値u(0)から出発した解は,時間tが無限にふえたときに一定値ε/hに近づくS字形の曲線となる。これは人口の飽和を記述している。メイR.M.Mayは1973年,ある種の昆虫の個体数の変化を記述するつぎのモデルの解はきわめて複雑な挙動をすることを数値実験で観察した。そのモデルはxnをn世代目の個体数としたとき,xn+1=axn(1-xn)と書きあらわされる。aの値は0から4まで変えうる定数とする。各aについて,xnを0と1の間の初期値x0から出発し,この式によって次々とxnを計算してゆくと,xnは常に0と1の間にあるが,nを無限に大にしてゆくときのxnの様子はaの値によってきわめて変化する。0<a≦1のとき,xnは0に近づく。1<a≦2ではxnは1-1/aに単調増加で近づく。2<a≦3ではxnは1-1/aに減衰振動をしながら近づく。さらに3<a≦1+\(\sqrt{6}\)では2周期の振動になる。1+\(\sqrt{6}\)<a≦p1では4周期,p1<a≦p2では8周期と周期倍加をくりかえすが,[pn-1,pn]という区間はどんどん小となりpn→3.567……に漸近する。さらに4に等しいかまたは4の近くではようすは完全にかわり,初期値x0のきわめて小さなずれがn→∞としたときのxnの行動に大きな影響を与える。a=4では,xnが1/2より小ならばAとおき,xn>1/2ならばBとおくと,二つのシンボルA,Bをつかった無限列が得られるが,初期値を適当に動かすことにより,確率でいうベルヌーイの試行,つまり銅貨投げで表ならばA,裏ならばBとして得られる無限回の試行とまったく同じものが得られる。数学者リーT.Y.LiとヨークJ.A.Yorkeは1975年,一般的な一次元区間力学系について,上の繰返し代入xn+1=f(xn)(ここでfは連続)を考えるなら,もし数列xnが3周期をもてば,初期値をかえることによりどのような周期解ももちうること,および非可算の初期値に対し漸近的にも周期的でない解をもつことを証明し,このような数列のつくり方をカオスと呼んだ。カオスはランダムを含むより広い概念である。このように,一つの差分方程式(例えばメイの式)に含まれる一つのパラメーターを変化させることで,きわめて決定論的な運動の法則から,ランダムに見える運動の法則まで記述できることは数学の内容として重要である。
執筆者:山口 昌哉
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(尾関章 朝日新聞記者 / 2007年)
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…ローレンツ方程式の非線形性はごく簡単なものであるが,それにもかかわらず可変パラメーターr(レーリー数に相当)を正の小さな値から増大させていくと,不動点(X=Y=Z=0)が不安定となり,ついには非周期運動が現れることを見いだし,ローレンツはこれをもって乱流状態を説明するものとしたのである。のち,このような解はカオスchaosと呼ばれて非線形力学系に普遍的な現象であることがわかってきた。
[ポピュレーション・ダイナミクスpopulation dynamics]
一種または数種の集団X,Y,……において,各集団を構成する個体の数が環境の作用や集団相互の交渉により変化する場合,そのような個体数の消長を調べる方程式は非線形力学方程式となり,化学反応論,集団生物学,社会学などに役だっている。…
…もちろん,分析的手法をまったく拒否しているのではなく,それを(暗黙のうちにでも)認めたうえで複雑系の研究は進められている。 例えば,カオスは,このような非線形力学系にありふれた現象である。カオスとは,あるシステムが〈ある時点での状態(初期状態)が決まればその後の状態が原理的にすべて決定される〉という決定論的法則に従っているにもかかわらず,非常に複雑で不規則かつ不安定な振舞いをして,遠い将来における状態が予測不可能な現象のことである。…
※「カオス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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