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カスティリア Castilla, Ramón

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カスティリア
Castilla, Ramón

[生]1797.8.27. タラパカ
[没]1867.5.25. アリカ
ペルーの軍人,政治家。大統領 (在任 1845~51,55~62) 。 A.スクレのもとでペルー独立戦争 (20~26) に参加。独裁的政治を行なったが,肥料として商品価値の高いグアノを政府専売品に指定し,国の財政を再建,鉄道,道路の建設による交通網の改善,公共教育の充実,陸海軍の強化,奴隷制の廃止など多くの業績を残した。

カスティリア
Castilla

スペインの北部および中部を占める地方。ビスケー湾からモレナ山脈にいたるメセタと呼ばれる台地のほとんどが含まれる。平均標高約 800m。周辺をカンタブリカ山脈(北),イベリア山脈(東),モレナ山脈(南)が取り囲む。北東から南西にかけて中央山系(グアダラマ山脈グレドス山脈,ガタ山脈)が雁行し,北部のカスティリアラビエハ(旧カスティリア)と南部のカスティリアラヌエバ(新カスティリア)の 2地方に分ける自然境界をなす。西に向かって高度を下げ,エストレマドゥラ自治州に続く。1983年カスティリアラビエハ地方はカスティリア・レオン州,1982年カスティリアラヌエバ地方はマドリード県を除いてカスティリア・ラマンチャ州となった。カスティリアの名はイスラム勢力(ムーア人)に対する前哨基地に建設されたカスティリョ(城塞)に由来する。もとレオン王国の一地方であったが,同王国の宗主権のもとに伯領としてしだいに領域を拡大し,中世末にはカスティリア王国としてカスティリアラビエハ地方を領有,11世紀末にはムーア人のトレド王国を滅ぼして,その領土をカスティリアラヌエバ地方として版図に収めるにいたった。15世紀にはカスティリア王国とアラゴン王国が統合され,カスティリア地方はスペイン統一の中枢となった。厳しい大陸性気候(内陸性気候)で,しばしば干魃に見舞われる。主作物は穀物,ジャガイモ,オリーブ(南部)など。また,古くからコルクの産地として知られ,メリノ種のヒツジ,ヤギの飼育も盛ん。おもな工業は製粉,オリーブの搾油,醸造,その他の食品工業である。

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