改訂新版 世界大百科事典 「カタツムリ」の意味・わかりやすい解説
カタツムリ (蝸牛)
land snail
陸産の貝類全体をいうこともあるが,正確にはえらでなく外套(がいとう)腔で呼吸する有肺類Pulmonataに属する軟体動物のことで,とくにその中の大型の種類を指す。カタツムリのツムリはツブ(壺),すなわち殻が膨らんだ巻貝の意であるが,カタの意は明らかでない。デンデンムシともいうが,これは〈出よ出よ虫〉の意で早く殻から体をのび出してはえということである。学術的な用語はマイマイである。
カタツムリの基本的な形態は背上に通常右に巻いた殻をもち,体の表面は網目状になっていて,いつも粘液で湿っている。その前端は頭になっていて,左右1対の長い後触角(大触角)があり,その先端に眼がある。口は前端下方にあって,口内には褐色の顎板(がくばん)とワサビおろしのような数千の歯が並んでいる。口の下方左右両側に短い前触角(小触角)がある。通常右触角の後方に生殖孔があり,交尾のときここより陰茎が出る。足は前後に長くて,足うらは平らで粘液を出しつつはう。殻の中に入っている部分は内臓であるが,殻の入口のところは外套膜の縁で厚くなり,右寄りに呼吸孔の丸い穴が開いたり,閉じたりする。その左上側の切れ込みが肛門でここより糞を出す。呼吸孔の内側は広い空洞になっていて,外套膜には網目のように血管が走り,肺の作用をしている。休止するときは体を殻内に引き込めて,殻の口に粘液が乾いてできた薄い膜を張るが,呼吸口の部分には小さい隙間を残している。したがってふつうの巻貝のようにふたはない。ナメクジは殻の退化したカタツムリであるが,ヨーロッパからきたコウラナメクジには頭部にかむっている笠の中に小さくて薄い殻が入っている。
雌雄同体で雌雄両性の生殖器をもっているが,違う個体が互いに交尾をして精子を交換する。日本の大型のカタツムリ(ミスジマイマイ,ナミマイマイなど)では,頭の大触角の間に瘤があって生殖のときこれがザクロの実のように大きく膨れる。また交尾前に恋矢(れんし)という石灰質の針を出して互いにつき合う。生殖期はおもに梅雨期であるが,春から秋まで交尾が行われる。また相手のいないときに自家受精することがある。卵は直径2~3mm。球形で石灰質の殻で包まれている。一度に20~40個を土中に浅い穴を掘って産む。気温によって孵化(ふか)までの期間は異なるが,2~4週間で幼貝になる。寿命は種類にもよるが1年半から4年くらいで,産卵後数ヵ月で親貝は死亡する。
活動は夜行性で日没後と夜明け前によく動くが,乾燥が著しかったり,気温が低いと休止している。雨が降って湿度が増すと昼間でも活動する。これが一般に目にふれる状態である。食物ははいながら歯舌と顎板とでかき取るが,野菜の若芽やキノコなども好んで食べるので農業に害を与える。また肉食の種類もあり,アメリカ産のヤマヒタチオビガイやアフリカ産のキブツネジレガイはアフリカマイマイの卵や幼貝を食べるので,天敵としてその駆除に使われる。
世界中で約1万1000種ほど知られ,日本産は約700種がある。世界最大の種はアフリカ産のメノウアフリカマイマイAchatina achatinaで殻の高さが19cm,太さ(幅)11cm,日本ではアワマイマイで高さ3.6cm,太さ6.3cm。小型の種ではミジンマイマイが高さ1mm,太さ1.3mmである。オナジマイマイやウスカワマイマイは全国に広く分布するが,都市や農耕地に多い。エゾマイマイ,サッポロマイマイは北海道,ムツヒダリマキマイマイ,オオタキマイマイは東北地方,ミスジマイマイ,ヒダリマキマイマイは関東地方,クロイワマイマイは中部山地,ニシキマイマイやクチベニマイマイは近畿地方,セトウチマイマイ,サンインマイマイは中国地方,アワマイマイ,セトウチマイマイは四国地方,ツクシマイマイは九州地方,シュリマイマイは沖縄地方の代表的な種である。ヨーロッパでは食用カタツムリのエスカルゴが名高い。
→エスカルゴ
執筆者:波部 忠重
伝承
西洋にあってはカタツムリは怠惰の象徴である。ヨーロッパ中世では怠惰をすべての罪の源と考え,カタツムリを罪人になぞらえた。しかし一方,露を吸うだけで生き繁殖しうる生物と信じられたことから,中世の教会は処女懐胎の真実性を保証する生物ともみなした。また心理学者ユングは,夢に現れるカタツムリを本人自身の投影と解釈している。盲目で無感覚な生物という印象を与えるため,生と死の境界の象徴にされることも多い。またヨーロッパでは天の川をカタツムリのはい跡に擬する。
執筆者:荒俣 宏
民俗
高温多湿の季節に現れ,児童の多くはこの虫と遊んだ体験をもち,《梁塵秘抄》の〈舞へ舞へ蝸牛,舞はぬものならば,馬の子や牛の子に蹴させてん……〉という歌も子どものものと考えられている。カタツムリの名は《和名抄》に載せられて当時の京の標準的名称であったが,異名が多く,現在はデンデンムシが一般的名称となっている。カタツムリの異名が多いのは,この虫が幼児の相手としてそれぞれの時期のもっとも新鮮な特徴を表現した語で呼ばれた結果であろう。カタツムリはカサヅグリ,すなわちつぶらになった渦紋の貝の形から呼んだらしく,ツノダシはその角のような長柄の眼に注目した名である。また,マイマイは中世までの笠をもった神事舞に似た姿から呼んだとする見解と,その巻貝の渦紋が旋回しているように見えることによるという解釈とがある。時期的に古く知られたカタツムリの語が,現代では京都になくて山間部や日本列島の東西の端に近く残り,京阪地方や平たん部など交通が便で文化が交流しやすい土地では,新しい造語とみられるデンデンムシやマイマイが広い範囲を占めている。この方言分布からその新旧の変遷過程が,文化発展の中心から周辺へという存在形態として現れるとする〈方言周圏論〉が,このカタツムリ方言を主材料とした柳田国男の《蝸牛考》に説かれ,言語史研究上の一方法とされることとなった。この方法は童詞のような新語を採用しやすい方言の変遷に有効といえる。
執筆者:千葉 徳爾
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報