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クラウゼウィッツ クラウゼウィッツ Clausewitz, Carl von

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クラウゼウィッツ
クラウゼウィッツ
Clausewitz, Carl von

[生]1780.6.1. マクデブルクブルク
[没]1831.11.16. ブレスラウ(現ポーランドウロツワフ)
ドイツプロシアの陸軍軍人,戦史家。中産階級の家に生れ,1792年にプロシア軍に入り,93~94年のライン作戦中に士官に任官。 1801年ベルリンの士官養成学校に入学。アウグスト公の副官としてナポレオン軍とのイェナの戦い (1806) に参加し,捕虜となったが,08年に釈放された。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クラウゼウィッツ
くらうぜうぃっつ
Karl von Clausewitz
(1780―1831)

プロイセンの軍人、軍制改革者、軍事理論家。プロイセン軍の少年兵としてフランス革命への干渉戦に参加したのち、ベルリンの士官学校に進む。ここで校長であったシャルンホルストから決定的影響を受け、プロイセン改革に際してはその片腕として軍制改革を推進した。1812年プロイセンのナポレオンとの軍事同盟締結に反対してロシアへ脱出し、1814年プロイセン軍復帰を許可されるまでロシア軍人として解放戦争を戦った。帰国後、士官学校長などを経てポーランド反乱監視軍の参謀長となったが、コレラがもとで没した。死後、戦争理論の古典的名著『戦争論』が出版(1832)された。[岡崎勝世]
『郷田豊著『クラウゼウィッツの生涯』(1982・日本工業新聞社)』

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