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クルシェネク

百科事典マイペディアの解説

クルシェネク

オーストリアのユダヤ系作曲家。クシェネクともいう。生地ウィーンとベルリンで作曲家シュレーカーに師事。ベルリンではブゾーニシェルヘンらと親交を深めた。師シュレーカーの影響下に後期ロマン派様式から出発したその作曲活動は,無調,新古典主義と遍歴を重ね,ジャズの語法を取り入れたオペラ《ジョニーは演奏》する(1926年)で一躍名声を得た。
→関連項目合奏協奏曲

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世界大百科事典 第2版の解説

クルシェネク【Ernst Křenek】

1900‐91
オーストリアの作曲家。F.シュレーカーに学ぶ。作風は無調時代(1921‐23),新古典主義(1924‐26),新ロマン主義(1926‐31),十二音主義(1931‐56),ミュジック・セリエル時代(1957‐ )など多様に変化した。出世作はジャズの語法を採用したオペラ《ジョニーは演奏する》(1926)。1938年アメリカへ亡命後合唱曲《エレミアの哀歌》(1941)で独自の十二音技法(〈循環の原理〉。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クルシェネク
くるしぇねく
Ernst Kenek
(1900―1991)

オーストリア生まれのアメリカの作曲家。生地ウィーンとベルリンで作曲を学ぶ。最初期にはロマン主義的影響を示したが、しだいに無調性に転じ、不協和な響きに富む交響曲第2番(作品7、1922)などを書く。1924年パリを訪れ、新古典主義音楽の影響を受け、27年ライプツィヒ初演のジャズ・オペラ『ジョニーは演奏する』が出世作となった。28年ウィーンに戻り、ベルクウェーベルンらの新ウィーン楽派に共鳴して十二音技法に転じ、のちさらに電子音楽を手がけるなど、第一次世界大戦後の現代的手法を広く示すが、個人的様式の変化にとどまり、他への影響は少ないうらみがある。37年アメリカに移住、映画音楽を書いたり各地の大学で教え、45年に市民権を得た。[細川周平]

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世界大百科事典内のクルシェネクの言及

【十二音音楽】より

…ウェーベルンは《交響曲》(1928)以後点描的な作風に転じて独自の十二音音楽を確立し,第2次世界大戦後の音楽に絶大な影響を与える。クルシェネクはウェーベルン,ベルクらによって十二音技法を知り,オペラ《カール5世》(1933)からこれを用い始めた。しかしクルシェネクは合唱曲《エレミアの哀歌》(1942)で十二音技法に独自の改良を加えた。…

【セリー】より

…彼はこれを〈奇跡の音列〉と呼んだが定義があいまいなため,のちにその名称を取り下げた。 クルシェネクは音列の移置形に創意をこらした。図4のaI,aII,aIIIでは音高が〈循環〉しており,a1,a2,a3では音程が循環している。…

※「クルシェネク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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