改訂新版 世界大百科事典 「クレティアンドトロア」の意味・わかりやすい解説
クレティアン・ド・トロア
Chrétien de Troyes
生没年:?-1190ころ
フランス中世を代表する韻文物語作家。伝記未詳。初めオウィディウスの翻訳や,マルク王とイズーの物語などを書いた後,1165年ころ長編《エレクとエニード》を書いて独自の世界を獲得した。これは妻への愛に溺れた騎士が冒険の末に自己を確立する物語であり,次作の《クリジェス》(1176ころ)は夫の甥を愛した王妃が真の愛を貫いて幸福な結末にいたる一種の〈反トリスタン〉物語であって,南仏抒情詩人(トルバドゥール)たちの追求した不倫の恋の主題に対する反措定の立場に立っている。1170年代に《ランスロまたは荷車の騎士》(マリー・ド・シャンパーニュに献じたもの。結尾部は別の詩人の作),《イバンまたは獅子の騎士》を書いてアーサー王物語の創始者の位置を確立した後,フランドル伯フィリップに与えられた種本に拠り,素朴な若い騎士ペルスバルがふしぎな城で神秘的試練に遭う《ペルスバルまたは聖杯物語》に着手した。これは,それまでの人間的な愛の主題から,晦冥な宗教主題の深層への重大な踏込みという注目すべき試みであったが,9000余行を費やしてなお未完のまま,おそらく作者の死により中断された。しかしこの作品のもつ謎と魅惑は,12,13世紀を通じて膨大な続編や散文による物語を生み,いわゆる〈聖杯物語群〉として結実した。
→円卓物語 →聖杯伝説
執筆者:天沢 退二郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報