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聖杯伝説 せいはいでんせつLe Légende du Saint-Graal

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

聖杯伝説
せいはいでんせつ
Le Légende du Saint-Graal

ヨーロッパ文学の作品中に「聖杯」を初めて登場させたのは,12世紀の作家,クレチアン・ド・トロア,である。彼は5つのアーサー王関係の作品を残したが,そのうちフランドル伯フィリップ・ダルザスに捧げた最後の作品『聖杯物語』 Le Roman de Perceval ou le Conte du Graalの中でのことである。傷を負った漁夫王の城で,主人公ペルスバルは血のしたたる槍,燭台,聖杯,銀の肉切り皿が運ばれる不思議な行列を目撃する。だがこの時点での「聖杯」は必ずしもキリスト教的な意味での聖なるものではなく,一個の器に過ぎなかった。しかし,この主題は人々の想像力を刺激し,さまざまな起源からのさまざまな言語による物語が書かれ,語られ,ヨーロッパにひとつの大きな潮流をつくり上げることになった。聖杯伝説には,大別すると3つの起源が考えられる。第1の説は,ケルト起源説であり,ロジャー・ルーミスなどアメリカ人学者を中心に形成された。意見の差は大きいが,漁夫王,彼を傷つけた槍,そのことによってもたらされた土地の荒廃の源を,ケルト伝説に求めるというのが基本的態度である。ケルト伝説には,ことにクレチアンの不思議な行列にみられる物体を説明できる実例が多く,主人公の異界への訪問と理解できる。
第2はキリスト教起源説で,ここではキリストが最後の晩餐に用い,アリマタヤのヨセフが十字架から下ろされたキリストの血の一滴を受けた「聖杯」 Holy Gailとなる。槍はキリストの脇腹を刺したものであり,行列の意味はキリストの受難とそれにまつわる教訓となる。この聖杯を求めて円卓の騎士たちが探求の旅に出るのだが,心の清い騎士のみが手にすることができる,この聖杯をめぐる冒険は,多くの作家たちの韻文,散文作品の中で扱われるのである。
第3には,多くの説が含まれる。ケルト的なものもキリスト教化も,祭儀起源説もある。後者は,聖杯を女性原理,槍を男性原理-両性の生殖力の象徴とみなす。また,イスラムの影響を説く学者,ペルシア伝説とその類似の指摘,テンプル騎士団 (→神殿騎士修道会 ) やアルビ派の影響,グノーシス派の影響,いや原典があったとする説,エジプトの影響,精神分析学の見地からの説,ユダヤ教の影響を指摘し,クレチアンが『聖杯の物語』を書いた目的はユダヤ人の改宗とする説などがある。 T.マロリーをはじめワーグナーやテニソンなど,この主題を手がけた作家や作曲家は多い。伝説によると,キリスト処刑後のアリマタヤのヨセフは,聖杯をイギリスへ運び,グラストンベリーの丘に埋めたという。その丘は今日「チャリス・ヒル (聖杯の丘) 」と呼ばれ,南の麓には「聖杯の井戸」がある。

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デジタル大辞泉の解説

せいはい‐でんせつ【聖杯伝説】

キリストが最後の晩餐に用い、使徒たちが十字架上のキリストの血を受けたといわれる神聖な杯の探索をめぐる中世ヨーロッパの伝説。アーサー王伝説に取り入れられ、また、クレチアン=ド=トロワの「ペルスバルまたは聖杯物語」など多くの作品に描かれ、ワグナー楽劇の題材にもなった。

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百科事典マイペディアの解説

聖杯伝説【せいはいでんせつ】

磔刑(たっけい)のキリストの体から流れた血を受けたとされる聖杯(英語Grail,フランス語Graal)をめぐる伝説。アーサー王伝説の中核的モティーフで,ケルト起源との説が有力。
→関連項目円卓の騎士コント聖杯パルチファル

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世界大百科事典 第2版の解説

せいはいでんせつ【聖杯伝説】

12世紀末ヨーロッパで顕在化したキリスト教の色濃い伝説だが,起源には諸説あり,ケルト説話を源とする考えが有力。聖杯Graal(英語はGrail)を扱った最初の作品はフランスの詩人クレティアン・ド・トロアの《ペルスバルまたは聖杯物語》(1185ころ)。主人公が漁夫王の城で目にしたふしぎな行列,血の滴る槍と光り輝く聖杯について,心に抱いた質問を口に出さなかった失敗がすべての発端であった。失敗の因を知ったペルスバルは聖杯探索の旅に出,アーサー王の甥ゴーバンも血の滴る槍を求めて出立するが,クレティアンの作品はその途中で未完に終わる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

聖杯伝説
せいはいでんせつ

中世ヨーロッパ文学に重要な位置を占める「アーサー王伝説」の中心的な主題の一つ。聖杯についてはいろいろ論議されるが、この伝説においては、キリストが最後の晩餐(ばんさん)で用いた杯(さかずき)であり、十字架上のキリストが流した血を受けた杯もこれであって、キリストの墓を用意したアリマタヤのヨセフがこの杯をイギリスのアバロンの島、現在のグラストンベリに運んだという。彼の死後その杯は行方不明となり、この聖なる杯を探求するのが有徳の騎士の使命であるとしたことから、中世文学の好んで取り上げた主題となった。
 アーサー王伝説を扱った作品のなかで、とくにこの聖杯伝説を取り上げたのは、12世紀末のフランスの詩人クレチアン・ド・トロアの『ペルスバル』、13世紀初めに書かれたらしいウェールズの伝説集『マビノギオン』、同じころ書かれたドイツの宮廷叙事詩人ウォルフラム・フォン・エッシェンバハの『パルチバル』などである。これらの伝説を集大成したトーマス・マロリーの『アーサー王の死』によれば、ランスロット、パルチバル、ガウェイン、ボルスなどはみんな失敗し、円卓の「危険の席」に座りえたガラハッドが目的を達し、それをサラスの地へ携え、その王となる。この物語には「血を流す槍(やり)」の話が伴い、杯とともに豊穣(ほうじょう)信仰に連なると解釈され、エリオットの『荒地』(1922)の中心的なテーマとなる。[船戸英夫]

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世界大百科事典内の聖杯伝説の言及

【聖遺物】より

…ゴーティエ・ド・コアンシーGautier de Coincyの《聖母マリアの奇跡》などがその例である。聖杯伝説は,最後の晩餐で用いられたうえに十字架から滴るキリストの血を受けたという幻の杯の伝説である。この最大の聖遺物は完全な騎士だけが発見できるとされて,騎士道文学の主題となった。…

【パルチファル】より

…回心が成就すると,再び聖杯城への道が開け,彼は老いた城主を難病から救い,聖杯王に選ばれる。 アーサー王伝説聖杯伝説を題材とするこの叙事詩は,パルチファルと並んで円卓騎士ガーワンが活躍し,サスペンスに富む騎士の愛と冒険には事欠かないが,しかし作者が描こうとしたのは理想的な円卓騎士ではなく,現世と神の国の調和合一を使命とする聖杯騎士である。森の中の自然児の素朴な信仰に始まり,神からの離反を経て,新たに信仰を得て聖杯王になる主人公の宗教的発展過程を通じて,キリスト教的中世の理想的騎士像が追求されるのである。…

※「聖杯伝説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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