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12世紀末ヨーロッパで顕在化したキリスト教の色濃い伝説だが,起源には諸説あり,ケルト説話を源とする考えが有力。聖杯Graal(英語はGrail)を扱った最初の作品はフランスの詩人クレティアン・ド・トロアの《ペルスバルまたは聖杯物語》(1185ころ)。主人公が漁夫王の城で目にしたふしぎな行列,血の滴る槍と光り輝く聖杯について,心に抱いた質問を口に出さなかった失敗がすべての発端であった。失敗の因を知ったペルスバルは聖杯探索の旅に出,アーサー王の甥ゴーバンも血の滴る槍を求めて出立するが,クレティアンの作品はその途中で未完に終わる。これに先だち1180年ころに南フランス語で書かれていた《ジャウフレ物語》や,クレティアン作品より古い先行作品を材源として13世紀初めに成立したウェールズ語の《マビノギオン》の一編《ペレデュール》は,多くの点で《聖杯物語》と重要な共通点を有するが,いずれも〈聖杯〉を欠いている。《ペルスバル》未完の後を受けてただちにいわゆる《第一続編》《第二続編》(いずれも作者不詳),マヌミエによる《第三続編》が書き継がれてようやく物語は完結,さらにジェルベール・ド・モントルイユによる《ペルスバル続編》(1250ころ)が第二と第三の間に挿入された。他方,ロベール・ド・ボロンRobert de Boronの《聖杯の由来の物語》(1200以前)に初めて,キリストが最後の晩餐に用いた食器に十字架上のキリストの傷からほとばしった血を受けたものが聖杯(サン・グラール)であり,それが福音の象徴として西方へもたらされた次第が語られている。13世紀にはさらに散文により,《散文ランスロ》五部作中の傑作《聖杯の探索》や,別系列の《ペルレスボー》のような異色の秀作が生まれ,驚異のオブジェ〈聖杯〉の探索は,アーサー王の円卓の騎士たちの最大の仕事となったのみならず,現代にいたるまで,至高なるものや絶対的価値を求める行為の象徴・暗喩となっている。
→アーサー王伝説
執筆者:天沢 退二郎
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中世ヨーロッパ文学に重要な位置を占める「アーサー王伝説」の中心的な主題の一つ。聖杯についてはいろいろ論議されるが、この伝説においては、キリストが最後の晩餐(ばんさん)で用いた杯(さかずき)であり、十字架上のキリストが流した血を受けた杯もこれであって、キリストの墓を用意したアリマタヤのヨセフがこの杯をイギリスのアバロンの島、現在のグラストンベリに運んだという。彼の死後その杯は行方不明となり、この聖なる杯を探求するのが有徳の騎士の使命であるとしたことから、中世文学の好んで取り上げた主題となった。
アーサー王伝説を扱った作品のなかで、とくにこの聖杯伝説を取り上げたのは、12世紀末のフランスの詩人クレチアン・ド・トロアの『ペルスバル』、13世紀初めに書かれたらしいウェールズの伝説集『マビノギオン』、同じころ書かれたドイツの宮廷叙事詩人ウォルフラム・フォン・エッシェンバハの『パルチバル』などである。これらの伝説を集大成したトーマス・マロリーの『アーサー王の死』によれば、ランスロット、パルチバル、ガウェイン、ボルスなどはみんな失敗し、円卓の「危険の席」に座りえたガラハッドが目的を達し、それをサラスの地へ携え、その王となる。この物語には「血を流す槍(やり)」の話が伴い、杯とともに豊穣(ほうじょう)信仰に連なると解釈され、エリオットの『荒地』(1922)の中心的なテーマとなる。
[船戸英夫]
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…ゴーティエ・ド・コアンシーGautier de Coincyの《聖母マリアの奇跡》などがその例である。聖杯伝説は,最後の晩餐で用いられたうえに十字架から滴るキリストの血を受けたという幻の杯の伝説である。この最大の聖遺物は完全な騎士だけが発見できるとされて,騎士道文学の主題となった。…
…回心が成就すると,再び聖杯城への道が開け,彼は老いた城主を難病から救い,聖杯王に選ばれる。 アーサー王伝説と聖杯伝説を題材とするこの叙事詩は,パルチファルと並んで円卓騎士ガーワンが活躍し,サスペンスに富む騎士の愛と冒険には事欠かないが,しかし作者が描こうとしたのは理想的な円卓騎士ではなく,現世と神の国の調和合一を使命とする聖杯騎士である。森の中の自然児の素朴な信仰に始まり,神からの離反を経て,新たに信仰を得て聖杯王になる主人公の宗教的発展過程を通じて,キリスト教的中世の理想的騎士像が追求されるのである。…
※「聖杯伝説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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