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クレマン Clément, Jacques

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クレマン
Clément, Jacques

[生]1567
[没]1589
フランスの狂信的なドミニコ会修道士。 1589年8月1日,アンリ3世刺傷,翌日王は死去した。

クレマン
Clément, René

[生]1913.3.18. ボルドー
[没]1996.3.17. モンテカルロ
フランスの映画監督。初めドキュメンタリー映画に従事していたが,長編劇映画第1作『鉄路の闘い』 La Bataille du Rail (1944) で一躍名を上げる。悲劇的状況のなかで人間性を追求するドラマに卓抜した才能を見せた。主作品に『鉄格子の彼方』 Au-dela des Grilles (49) ,『禁じられた遊び』 Jeux Interdits (52) ,『居酒屋』 Gervaise (56) ,『太陽がいっぱい』 Plein Soleil (60) など。

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デジタル大辞泉の解説

クレマン(René Clément)

[1913~1996]フランスの映画監督。「鉄路の闘い」で注目され、社会性の強い作品を発表。「禁じられた遊び」「太陽がいっぱい」など。

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百科事典マイペディアの解説

クレマン

フランスの映画監督。ナチス占領下フランスのレジスタンスを扱った《鉄路の闘い》(1945年)でカンヌ国際映画祭グランプリを得る。《禁じられた遊び》(1952年)は抒情的反戦映画の秀作。
→関連項目イェペスドロンフィリップ

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世界大百科事典 第2版の解説

クレマン【Jean‐Baptiste Clément】

1836‐1903
フランスの社会主義者,シャンソン作詞家。1860年代,第二帝政批判の文筆活動を行い,71年,パリ・コミューン成立の際,議員に選ばれて福祉,教育を担当。コミューンの崩壊後,欠席裁判で死刑の判決を受けたが亡命。80年の大赦により帰国ののち,ブルースらとフランス社会主義労働者連合を結成,ついでアルマーヌの革命的社会主義労働党に加わった。そのシャンソンの多くは富者,権力者への反感,庶民生活の哀歓を歌い,労働者の愛唱歌とされた。

クレマン【René Clément】

1913‐96
フランスの映画監督。ナスチ占領下のフランス鉄道労働者のレジスタンスを描いた《鉄路の闘い》(1945,カンヌ映画祭グランプリ)をはじめ《海の牙》(1947),《禁じられた遊び》(1952,ベネチア映画祭金獅子賞・アカデミー外国映画賞)と,第2次世界大戦後たて続けに秀作を発表,戦前から戦中にかけての記録映画製作の経験を生かしたセミ・ドキュメンタリーの斬新な手法で国際的評価を得た。その後,ゾラ原作の《居酒屋》(1955)でリアリズムの到達点を示すが,59年の《太陽がいっぱい》以後は一転して娯楽映画に職人的手腕を発揮している。

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大辞林 第三版の解説

クレマン【René Clément】

1913~1996) フランスの映画監督。記録映画作家として出発、セミドキュメンタリー-タッチの「鉄路の闘い」で注目される。代表作は「禁じられた遊び」「居酒屋」「太陽がいっぱい」「雨の訪問者」など。

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飲み物がわかる辞典の解説

クレマン【crémant(フランス)】


フランス北東部のシャンパーニュ地方以外の産地で、シャンパンと同様に、二次発酵を瓶詰めしてから瓶内で行う製法でつくったスパークリングワイン。シャンパンに準じて、ぶどうの品種や栽培法、製法では選果、搾汁から熟成、澱引きまで、各工程の時期や数値要件などが細かく厳密に規定されている。北東部のアルザス地方産の「クレマン・ダルザス」が特に知られるほか、南西部のボルドー地方産の「クレマン・ド・ボルドー」、中東部のブルゴーニュ地方産の「クレマン・ド・ブルゴーニュ」、南部のラングドック地方産の「クレマン・ド・リムー」などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クレマン
くれまん
Ren Clment
(1913―1996)

フランスの映画監督。ボルドー生まれ。パリで建築を学んだのち、1931年ごろから個人的に映画をつくり始め、陸軍映画班に入ってドキュメンタリー映画に携わった。1937年から1943年までに7本の短編を監督したのち、フランスの鉄道員たちのレジスタンスを描いた『鉄路の闘い』(1945)で注目された。続いてドイツの潜水艦を舞台にした『海の牙(きば)』(1946)、戦争孤児を叙情的に描いた『禁じられた遊び』(1952)など反戦と深くかかわる作品を発表した。ゾラの小説の映画化『居酒屋』(1955)で文学性の高い作品に転じたが、さらにその世界からも離れ、『太陽がいっぱい』(1960)以後は娯楽的傾向を強めた。[出口丈人]

資料 監督作品一覧

左側に気をつけろ Soigne ton gauche(1936)
鉄路の闘い La battailledu rail(1945)
海の牙 Les maudits(1946)
鉄格子の彼方 Au dera des grilles(1949)
ガラスの城 Le chteau de verre(1950)
禁じられた遊び Jeux interdits(1952)
しのび逢い Monsieur Ripois(1954)
居酒屋 Gervaise(1955)
海の壁 Barrage contre le pacifique(1958)
生きる歓び Quelle joie de vivre(1960)
太陽がいっぱい Plein soleil(1960)
危険がいっぱい Les flins(1964)
パリは燃えているか Paris brle-t-il?(1966)
雨の訪問者 Le passager de la pluie(1970)
パリは霧にぬれて La maison sous les arbres(1971)
狼は天使の匂い La course du livre travers les champs(1972)
危険なめぐり逢い La baby sitter(1975)

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世界大百科事典内のクレマンの言及

【美女と野獣】より

J.コクトー監督作品。アバン・ギャルド映画《詩人の血》(1930)をつくり,また,中世の伝説的な恋物語《トリスタンとイゾルデ》を現代化したジャン・ドラノア監督の《悲恋》(1943)の脚本を書いたコクトーが,同じ年にドキュメンタリータッチのレジスタンス映画《鉄路の闘い》を撮るルネ・クレマン監督を〈技術顧問〉にしてつくった作品である。 冒頭のコクトー自筆の字幕が〈世界はいま,あらゆるものを破壊し去ろうと熱中しているが,おとぎ話が天国へ寝そべったまま連れていってくれた,あの少年時代の信頼感と素直さとを取りもどしたい〉と述べているように,ルプランス・ド・ボーモン夫人のおとぎ話をコクトー自身が脚色,《鉄路の闘い》のカメラマンでもあるアンリ・アルカン(撮影),画家でファッション・デザイナーのクリスティアン・ベラール(美術),ジョルジュ・オーリック(音楽)らの協力を得て,17世紀オランダの画家フェルメールの画をもとにしたといわれる画調で華麗かつ幻想的に描いている。…

※「クレマン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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