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クレール クレール Clair, René

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クレール
クレール
Clair, René

[生]1898.11.11. パリ
[没]1981.3.14. パリ
フランス映画監督。初め映画俳優,1923年前衛映画『眠るパリ』 Paris qui dortで監督としてデビュー。次いで『幕間』 Entr'acte (1924) などを発表する一方,フランス・サイレント喜劇の傑作『イタリア麦わら帽子』 Un Chapeau de paille d'Italie (27) を撮り,トーキー第1作『巴里の屋根の下』 Sous les toits de Paris (30) では音の使用を押えた新鮮な演出をみせた。

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デジタル大辞泉の解説

クレール(René Clair)

[1898~1981]フランスの映画監督。詩情や風刺に富んだ作風。代表作「イタリア麦の帽子」「巴里の屋根の下」「自由を我等に」など。

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百科事典マイペディアの解説

クレール

フランスの映画監督。1924年,M.デュシャン,F.ピカビアマン・レイ,E.サティらの協力を得たダダ的な短編《幕間》を製作。トーキー時代に入り,1930年《巴里の屋根の下》で国際的名声を得る。
→関連項目オーリックカルネ前衛映画パリ祭バルドーロンドン・フィルム[会社]

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世界大百科事典 第2版の解説

クレール【René Clair】

1898‐1981
フランスの映画作家。映像の実験と詩情と風刺精神が混然一体となった作風で知られ,特異な喜劇作家として映画史に位置を占める。パリに生まれる。本名ルネ・リュシアン・ショメットRené Lucien Chomette。《純粋映画の5分間》(1923),《光と速度の戯れ》(1925)などのアバンギャルド映画作家アンリ・ショメット(1891‐1941)は実兄。短編《眠るパリ》(1923)で監督としてデビュー。次いでダダイズム雰囲気の濃厚な《幕間》(1924)では,マルセル・デュシャンフランシスピカビア,マン・レイ,マルセル・アシャールエリックサティらの協力を得て,純粋映画cinéma purと呼ばれた映像の実験の成果を見せた前衛的作品をつくり上げるが,真に国際的な名声を獲得したのはそのトーキー第1作《巴里の屋根の下》(1930)のヒットによってであり,続く《ル・ミリオン》(1931),《巴里祭》(1932)などで視覚的なギャグ音響効果からくる独特の喜劇的世界を築いて注目された。

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大辞林 第三版の解説

クレール【René Clair】

1898~1981) フランスの映画監督。「イタリア麦の帽子」などを経て、「巴里の屋根の下」「巴里祭」の詩情、「ル-ミリオン」「自由を我等に」「最後の億万長者」の風刺など、フランス的洗練を代表する作風で知られる。ほかに「沈黙は金」「リラの門」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クレール
くれーる
Ren Clair
(1898―1981)

フランスの映画監督。本名Ren Chomette。11月11日パリに生まれる。初めはジャーナリストとして詩、戯曲、歌詞、映画論などを書いた。俳優として映画入りしたが、前衛(純粋)映画の短編『眠るパリ』(1923)や『幕間』(1924)をつくって監督に転じた。彼のサイレント映画時代を代表する傑作は、ボードビル喜劇の映画化『イタリア麦の帽子』(1927)である。馬に食われた花嫁の帽子と同じ物を探してパリ中を駆け巡る話で、愉快な風刺と機知に富んだリズミカルな映画処理が秀抜であった。トーキー時代の第一作『巴里(パリ)の屋根の下』(1930)はクレールの名を世界的に広めた名作である。音声の氾濫(はんらん)を極力抑え、音声と映像の非同時的な巧みな編集効果により、アルベール・プレジャンの歌うシャンソンの楽しさを全編にみなぎらせた点に成功の原因があった。『ル・ミリオン』(1931)はボードビル映画の傑作、『自由を我等(われら)に』(1931)は現代批判の愉快な風刺喜劇だった。『巴里祭』(1932)は彼のパリ物の代表作品である。その後不振の時期がくる。イギリス、アメリカに渡り、第二次世界大戦後帰国して『沈黙は金』(1947)で華々しく復活、数本の名作を発表したが、『夜ごとの美女』(1952)のボードビル的集大成に彼の真価は発揮された。1960年映画人最初のアカデミー会員に選ばれ、1981年3月14日パリで没した。[飯島 正]

資料 監督作品一覧

眠るパリ Paris qui dort(1923)
幕間 Entr'acte(1924)
イタリア麦の帽子 Un chapeau de paille d'Italie(1927)
巴里の屋根の下 Sous les toits de Paris(1930)
ル・ミリオン Le million(1931)
自由を我等に  nous la libert(1931)
巴里祭 Quatorze Juillet(1932)
最後の億萬長者 Le dernier milliardaire(1934)
幽霊西へ行く The Ghost Goes West(1935)
焔の女 The Flame of New Orleans(1941)
奥様は魔女 I Married a Witch(1942)
提督の館 Forever and a Day(1943)
ルネ・クレールの明日を知った男 It Happened Tomorrow(1944)
そして誰もいなくなった And Then There Were None(1945)
沈黙は金 Le silence est d'or(1947)
悪魔の美しさ La beaut du diable(1949)
夜ごとの美女 Les belles de nuit(1952)
夜の騎士道 Les grandes manoeuvres(1955)
リラの門 Porte des Lilas(1957)
フランス女性と恋愛 La franaise et l'amour(1960)

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世界大百科事典内のクレールの言及

【喜劇映画】より

…風刺,風俗,人情喜劇などと呼ばれるものはすべて入るが,こうしたジャンルを得意とした映画監督には次のような人々がいる。フランスのルネ・クレールは,スラプスティックの要素を含む現代おとぎ話《ル・ミリオン》(1931),チャップリン的な風刺喜劇《自由を我等に》(1931),人情喜劇《巴里祭》(1932),《最後の億万長者》(1934)などの多彩な喜劇を発表している。サイレント的なパントマイム演技を,意識的に残したクレールに対して,会話劇のおもしろさを発揮したのは,アメリカのフランク・キャプラとエルンスト・ルビッチである。…

【トーキー映画】より

… 映画のトーキー化は,根本的な技術革新であったから,発声技術のパテント使用料,機械設備など莫大な投資が必要であり,そのため金融資本との結びつきによる映画資本の高度化を急激に促進し,映画の産業的構造を一変して,ウォール街が直接ハリウッドを支配することになった(なお,ドイツでも,映画に着目したルール地方の重工業資本がフーゲンベルク財団を通じてウーファ社を支配するという現象が起こっている)。 新しい〈音声の世界〉に適合できないスター(たとえば容姿端麗でも声の悪いスター)や監督たちは落の運命をたどり,またサイレント映画の体系を根本から書き改めなければならない一大革命であったため,演劇界から新しい人材が導入される半面,映画の初期に見られた〈舞台劇の缶詰化〉となることが危惧され,チャップリンやルネ・クレールのように,30年間にわたって開拓されてきたサイレント映画ならではの視覚芸術が破壊されることに反対する声も強かった。 トーキーの理論的基礎は,まだトーキーを製作してもいなかったソビエトで築かれた。…

【巴里の屋根の下】より

…1930年製作のフランス映画。チャップリンからもっとも多く学んだ映画作家であることを自他共に認め,〈音〉によって映画芸術が通俗化することを恐れて安易な〈トーキー化〉に反対したルネ・クレール監督のトーキー第1作。ドイツのトビス社がフランスに進出してつくった新しい撮影所で,ロシア生れの美術家ラザール・メールソンLazare Meersonが造形したパリの全景を巧みに仕組んだセットで撮影され,カメラを自在に移動させてパリの下町の庶民生活,その風俗と雰囲気を新鮮に描き出すことに成功した。…

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