フランスの映画監督。本名René Chomette。11月11日パリに生まれる。初めはジャーナリストとして詩、戯曲、歌詞、映画論などを書いた。俳優として映画入りしたが、前衛(純粋)映画の短編『眠るパリ』(1923)や『幕間』(1924)をつくって監督に転じた。彼のサイレント映画時代を代表する傑作は、ボードビル喜劇の映画化『イタリア麦の帽子』(1927)である。馬に食われた花嫁の帽子と同じ物を探してパリ中を駆け巡る話で、愉快な風刺と機知に富んだリズミカルな映画処理が秀抜であった。トーキー時代の第一作『巴里(パリ)の屋根の下』(1930)はクレールの名を世界的に広めた名作である。音声の氾濫(はんらん)を極力抑え、音声と映像の非同時的な巧みな編集効果により、アルベール・プレジャンの歌うシャンソンの楽しさを全編にみなぎらせた点に成功の原因があった。『ル・ミリオン』(1931)はボードビル映画の傑作、『自由を我等(われら)に』(1931)は現代批判の愉快な風刺喜劇だった。『巴里祭』(1932)は彼のパリ物の代表作品である。その後不振の時期がくる。イギリス、アメリカに渡り、第二次世界大戦後帰国して『沈黙は金』(1947)で華々しく復活、数本の名作を発表したが、『夜ごとの美女』(1952)のボードビル的集大成に彼の真価は発揮された。1960年映画人最初のアカデミー会員に選ばれ、1981年3月14日パリで没した。
[飯島 正]
眠るパリ Paris qui dort(1923)
幕間 Entr'acte(1924)
イタリア麦の帽子 Un chapeau de paille d'Italie(1927)
巴里の屋根の下 Sous les toits de Paris(1930)
ル・ミリオン Le million(1931)
自由を我等に À nous la liberté(1931)
巴里祭 Quatorze Juillet(1932)
最後の億萬長者 Le dernier milliardaire(1934)
幽霊西へ行く The Ghost Goes West(1935)
焔の女 The Flame of New Orleans(1941)
奥様は魔女 I Married a Witch(1942)
提督の館 Forever and a Day(1943)
ルネ・クレールの明日を知った男 It Happened Tomorrow(1944)
そして誰もいなくなった And Then There Were None(1945)
沈黙は金 Le silence est d'or(1947)
悪魔の美しさ La beauté du diable(1949)
夜ごとの美女 Les belles de nuit(1952)
夜の騎士道 Les grandes manoeuvres(1955)
リラの門 Porte des Lilas(1957)
フランス女性と恋愛 La française et l'amour(1960)
フランスの映画作家。映像の実験と詩情と風刺精神が混然一体となった作風で知られ,特異な喜劇作家として映画史に位置を占める。パリに生まれる。本名ルネ・リュシアン・ショメットRené Lucien Chomette。《純粋映画の5分間》(1923),《光と速度の戯れ》(1925)などのアバンギャルド映画作家アンリ・ショメット(1891-1941)は実兄。短編《眠るパリ》(1923)で監督としてデビュー。次いでダダイズム的雰囲気の濃厚な《幕間》(1924)では,マルセル・デュシャン,フランシス・ピカビア,マン・レイ,マルセル・アシャール,エリック・サティらの協力を得て,純粋映画cinéma purと呼ばれた映像の実験の成果を見せた前衛的作品をつくり上げるが,真に国際的な名声を獲得したのはそのトーキー第1作《巴里の屋根の下》(1930)のヒットによってであり,続く《ル・ミリオン》(1931),《巴里祭》(1932)などで視覚的なギャグと音響効果からくる独特の喜劇的世界を築いて注目された。《自由を我等に》(1931)や《最後の億万長者》(1934)の〈ギャグによる文明批評〉(例えば大工場の流れ作業=ベルトコンベヤシステムの人間性疎外のイメージ,ニワトリで支払うと卵でおつりがくるという物々交換の原始経済国家で一文なしの〈億万長者〉が独裁をふるう等々)はチャップリン(《モダン・タイムス》1936,《チャップリンの独裁者》1940)に影響を与えたとさえいわれた。クレールの世界的名声の確立に貢献した1930年代初期のこれらの作品は,いずれも亡命ロシア人ラザール・メールソン(1900-38)の美術による人工的なパリをオープンセットにした作品で,メールソンの助手であった亡命ハンガリー人アレクサンドル・トローネル(1906-93)を通じて,プレベール=カルネ(ジャック・プレベール脚本,マルセル・カルネ監督のコンビ)の〈詩的リアリズム〉の作風の基盤を築いたものであった。ポール・オリビエ,レーモン・コルディ,ガストン・モド,レーモン・エーモスといった〈クレール一家〉の洒脱なわき役陣がその喜劇の人気の秘密でもあった。
しかし,このもっともフランス的なエスプリをもった映画作家とみなされているクレールのフランスでの活躍の時期は短く,製作資金を求めてイギリスへ渡ったり(《幽霊西へ行く》1935,ほか1本をつくる),第2次世界大戦中はハリウッドで創作活動を続けた(《焰の女》1940,《奥様は魔女》1942,《明日の出来事》1943,《そして誰もいなくなった》1945)。戦後は,30年代の作品に主演した二枚目のアルベール・プレジャンに代わるジェラール・フィリップの起用で《悪魔の美しさ》(1949),《夜ごとの美女》(1952),《夜の騎士道》(1955)を残した。59年ジェラール・フィリップが急死した後は,彼に代わる洒脱な二枚目スターに恵まれず低迷し,〈ヌーベル・バーグ〉の全盛期に,70歳を待たずに引退を余儀なくされた。最後の作品は《艶なる宴》(1965)。60年には映画人として初のアカデミー・フランセーズ会員となる。詩,シャンソンの作詞,戯曲,中編小説,エッセーも残す。自伝的映画評論集《映画をわれらに》は邦訳もある。
執筆者:蓮實 重
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…モラリスト風の箴言を巧みに織り交ぜたその〈夫婦小説〉は,明晰で沈着な文体によって幅広い読者を獲得した。1931年の《クレール》(アカデミー・フランセーズ小説大賞受賞)につづいて,《感情的宿命》三部作(1934‐36)を発表するが,後者は夫婦間のドラマの領域を超えて,家族全体から社会の仕組みにまで構想の枠がひろがっている。その他,《ロマネスク》(1938),《空想家たち》(1948)等の作品がある。…
…風刺,風俗,人情喜劇などと呼ばれるものはすべて入るが,こうしたジャンルを得意とした映画監督には次のような人々がいる。フランスのルネ・クレールは,スラプスティックの要素を含む現代おとぎ話《ル・ミリオン》(1931),チャップリン的な風刺喜劇《自由を我等に》(1931),人情喜劇《巴里祭》(1932),《最後の億万長者》(1934)などの多彩な喜劇を発表している。サイレント的なパントマイム演技を,意識的に残したクレールに対して,会話劇のおもしろさを発揮したのは,アメリカのフランク・キャプラとエルンスト・ルビッチである。…
… 映画のトーキー化は,根本的な技術革新であったから,発声技術のパテント使用料,機械設備など莫大な投資が必要であり,そのため金融資本との結びつきによる映画資本の高度化を急激に促進し,映画の産業的構造を一変して,ウォール街が直接ハリウッドを支配することになった(なお,ドイツでも,映画に着目したルール地方の重工業資本がフーゲンベルク財団を通じてウーファ社を支配するという現象が起こっている)。 新しい〈音声の世界〉に適合できないスター(たとえば容姿端麗でも声の悪いスター)や監督たちは落の運命をたどり,またサイレント映画の体系を根本から書き改めなければならない一大革命であったため,演劇界から新しい人材が導入される半面,映画の初期に見られた〈舞台劇の缶詰化〉となることが危惧され,チャップリンやルネ・クレールのように,30年間にわたって開拓されてきたサイレント映画ならではの視覚芸術が破壊されることに反対する声も強かった。 トーキーの理論的基礎は,まだトーキーを製作してもいなかったソビエトで築かれた。…
…1930年製作のフランス映画。チャップリンからもっとも多く学んだ映画作家であることを自他共に認め,〈音〉によって映画芸術が通俗化することを恐れて安易な〈トーキー化〉に反対したルネ・クレール監督のトーキー第1作。ドイツのトビス社がフランスに進出してつくった新しい撮影所で,ロシア生れの美術家ラザール・メールソンLazare Meersonが造形したパリの全景を巧みに仕組んだセットで撮影され,カメラを自在に移動させてパリの下町の庶民生活,その風俗と雰囲気を新鮮に描き出すことに成功した。…
※「クレール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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