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グロティウス グロティウス Hugo Grotius

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デジタル大辞泉の解説

グロティウス(Hugo Grotius)

[1583~1645]オランダの法学者。国家や宗教の枠組みを超えた自然法合理主義に基づく国際法を体系化し、自然法の父、国際法の祖とよばれる。著「戦争と平和の法」「自由海洋論」など。

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百科事典マイペディアの解説

グロティウス

オランダのデルフト生れの法学者。国際法の父と呼ばれる。16歳で弁護士となり,その後行政官の道を歩むが,政争で1619年に終身禁錮の刑に処され,のち脱走してフランスに亡命。
→関連項目オランダ共和国国際法デルフト

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世界大百科事典 第2版の解説

グロティウス【Hugo Grotius】

1583‐1645
オランダの法学者。オランダ名はフロートHuig de Groot。デルフトの名門に生まれた。才能に恵まれ8歳のときすでにラテン語の詩2編を作り,11歳でライデン大学に入り14歳で卒業。1598年15歳でオランダ使節団の随員としてフランスのアンリ4世の宮廷に使し,フランス王をして〈オランダの奇跡〉とその才を嘆賞せしめた。同年12月16歳で弁護士を開業したが,実務よりも学問に熱中し,この時期以後生涯を通じて多数の著作を公にしている。

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大辞林 第三版の解説

グロティウス【Hugo Grotius】

1583~1645) オランダの法学者・外交官。国家・宗教の対立を超えた自然法の存在を強調し、近代国際法の祖と呼ばれる。著「戦争と平和の法」「海洋自由論」など。グロチウス。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グロティウス
ぐろてぃうす
Hugo Grotius
(1583―1645)

オランダの法学者、「国際法の父」「自然法の父」とよばれる。デルフトの名門に生まれ、神童の誉(ほま)れ高く、8歳でラテン語の詩をつくり、11歳でライデン大学に入学した。15歳のときオランダ使節団の随員としてフランス国王アンリ4世のもとに使し、国王から「オランダの奇跡」とたたえられ、帰途オルレアンで法学博士の学位を受けた。16歳で弁護士となり、その後法務官、行政長官などの公職にもついた。1619年アルミニウス派と反対派の神学論争をめぐる政治上の紛争に巻き込まれて捕らえられ、終身刑に処されてローフェスタイン城に幽閉された。1621年、妻マリアの助けによって、書物を運ぶ木箱に身を潜めて脱出に成功し、パリに逃れ、ルイ13世の庇護(ひご)を受けた。この間約10年間著述に専念し、主著『戦争と平和の法』De jure belli ac pacis(1625)を完成した。1634年スウェーデンの申し出を受けて、翌1635年から駐仏スウェーデン大使となった。この時代に『旧・新訳聖書注解』を書いた。1645年フランスとスウェーデンが相互に大使を召還したとき、グロティウスはいったんストックホルムに帰った。クリスチナ女王からスウェーデンに定住するように勧められたのを断り、その年(1645)8月リューベックに向け出発したが、暴風のため遭難し、上陸後同地に向かう途中、ロストックで8月28日夜半に没した。
 彼の研究は、法律以外にも政治、宗教、歴史など多方面にわたるが、後世にもっとも大きな影響を与えたのは国際法の分野であり、近代自然法の原理によって国際法を基礎づけた。主著『戦争と平和の法』(3巻)は戦争の権利、原因、方法について述べ、初めて国際法学を体系づけた。ほかに『捕獲法論』De jure praedae(1604~1605年執筆、1864年原稿が発見され1868年公刊)、『自由海論』Mare liberum(1609)など。[池田文雄]

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世界大百科事典内のグロティウスの言及

【海洋法】より

…これに対して新興海洋国であるオランダ,イギリスなどが激しく反発して海洋の自由を主張した。オランダのグロティウスHugo Grotiusは,1609年に《自由海論 Mare liberum》を出版して,海洋の領有が許されないこと,海洋は自然法によって万人の使用に開放されていることを主張した。一方,この時期になると,イギリスは自国の沖合で操業するオランダ漁船を閉め出すために,一転して,自国に近接する海域の領有を唱え始めた。…

【国際法】より


[近代国際法の形成]
 こうした先行する国家慣行や先駆的学者の活躍を土台にして,17世紀前半に,近代国際法は,その基礎を確立した。すなわち,理論上では,オランダのグロティウスが《自由海論》(1609)や《戦争と平和の法》(1625)などの著作を通じて国際法理論を体系化した。こうした業績により,グロティウスは〈国際法の父〉と呼ばれるようになった。…

【政治学】より

…この意味で,新しい近代国家の秩序が,国民軍という権力的基盤と君主の人心収攬(しゆうらん)術によって保たれることを説いたマキアベリは,近代政治学の開祖とされる。また,国家主権を説いたJ.ボーダン,国際法の存在を主張したH.グロティウスは,近代の国家秩序,国際秩序の法的基盤を整備した。 しかし,ルネサンスの時代において,政治における主体は,カトリック的世界秩序から自立して近代国家を担う君主たちだけだった。…

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