翻訳|Germanic
インド・ヨーロッパ語族の中の一語派であり,一般的には東ゲルマン語,北ゲルマン語(ノルド語),西ゲルマン語の三つに区分される。
東ゲルマン語には,1世紀の初め頃にすでにオーデル川の東に住んでいた,ゴート族,バンダル族,ブルグント族,ルギ族,ゲピード族などの東ゲルマン人の言語が属するが,文献として残されているのはゴート語のみであり,他は若干の固有名詞を残しているにすぎない。東ゲルマン語は現在では死語となっている。北ゲルマン語には,北欧の地で6世紀ころまで均一であったノルド基語が分化してできた,現在のアイスランド語,ノルウェー語,フェロー語,スウェーデン語,デンマーク語が属している。西ゲルマン語はエルベ・ゲルマン人,ウェーザー・ライン・ゲルマン人,北海ゲルマン人の三つの部族集団の言語を総称したものである。特にこの中で,北海ゲルマン人に属するアングル族,サクソン族,フリース族などの諸部族の言語は,(1)開音節においてaがæ,eに変化する,(2)鼻音n,mが無声摩擦音の前で,先行する母音の延長を伴い脱落する,などの一連の言語変化によって,北海ゲルマン語という一つのまとまりを形成するようになった。そこで,アングル族,サクソン族などの大陸からブリタニアへの移住や,大陸の諸部族の統合による国家形成の時代には,ドイツ中南部に古高ドイツ語,そして北海ゲルマン語として,北海域には古英語,古フリジア語,古サクソン語が成立した。現在,ドイツ語,オランダ語,英語,フリジア語が西ゲルマン語に属している。
インド・ヨーロッパ語族に属する他の諸言語に対するゲルマン語のおもな特徴は,次の通りである。音韻の面で,(1)アクセントの位置が語の最初の音節に固定される,(2)ゲルマン語音韻推移が起こる(〈グリムの法則〉の項を参照),(3)インド・ヨーロッパ共通基語の母音*o,*ā(*は措定形であることを示す)がそれぞれa,ōになる。文法の面では,(1)動詞組織において強変化動詞,弱変化動詞の2種類の動詞の区別がある,(2)形容詞の変化に強変化,弱変化の区別がある,などの現象が存在する。また語彙の面では,ゲルマン語の基本的な語彙の約1/3はインド・ヨーロッパ語起源のものではなく,その中には特に,〈船,マスト,海流,方位〉などの航海・海洋に関する語が多く含まれているという特徴がある。また古い時代の借用語としては,ゲルマン諸語の分化以前に,ケルト語(ケルト語派)から〈支配者,召使,誓い,秘密〉などの語が,また分化後にはゲルマン諸語に共通のものとして,ラテン語から〈ワイン,ポンド,商う〉など文化・通商に関する語が取り入れられた。
東ゲルマン語,北ゲルマン語,西ゲルマン語は,分化の後も,その独自性と並んで,お互いに共通性をもっている。東ゲルマン語と北ゲルマン語の間には,音韻の面で,(1)ゲルマン共通基語の*-jj-が母音の間で-ggj-(ゴート語 -ddj-)になる。例,ゴート語twaddjē(twai〈2〉),古アイスランド語tveggja,古高ドイツ語zweio。(2)同様にゲルマン基語の*-ww-が -ggw-になる。例,ゴート語triggws〈誠実な〉,古アイスランド語tryggr,古高ドイツ語gitriuwi。また文法の面で,(1)過去二人称単数形の語尾としてtが現れる。例,ゴート語namt(niman〈取る〉),古アイスランド語namt,古高ドイツ語nāmi。(2)弱変化動詞においてある状態への移行を表す,-nanで終わる動詞の組が存在する。例,ゴート語ga-waknan〈目ざめる〉,古アイスランド語vakna,などの共通性がある。
北ゲルマン語と西ゲルマン語の間には,音韻の面で,(1)ゲルマン共通基語の *ē[ɛː]がāになる。例,ゴート語lētan〈~させる〉,古アイスランド語lāta,古高ドイツ語lāzan。(2)zがrになる。例,ゴート語maiza〈より大きい〉,古アイスランド語meiri,古高ドイツ語mêro。(3)ウムラウトが生じる。例,ゴート語satjan〈座らせる〉,古アイスランド語setja,古高ドイツ語sezzenなどの共通性がある。
執筆者:斎藤 治之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
インド・ヨーロッパ語族の一語派。英語、フリジア語、オランダ語、ドイツ語、アイスランド語、フェロー語、ノルウェー語、デンマーク語、スウェーデン語などを含み、現在約5億の人が広い地域で使用している大言語群である。これらの言語は、紀元前2000年ごろからインド・ヨーロッパ語族のなかで分岐し始めたゲルマン祖語より歴史的に異なった変化を経たもので、構造や語彙(ごい)に多くの類似や規則的な対応が認められる同系の親族語である。とりわけ、前記アイスランド語以下の五つは近い関係にあり、まとめて北ゲルマン語とよばれる。ゲルマン祖語の記録は存在しない。すなわち、ゲルマン語の最古の記録は断片的で、前3世紀~前1世紀と推定される碑文や、カエサル、タキトゥス、プリニウスなど、ローマ古典期の著者が書き留めた単語や名前が伝わっている。また、200~600年にルーン文字で刻まれた原始(細分化以前の)北ゲルマン語の碑文も各地でみいだされている。いちばん古いまとまった文献は、ウルフィラが4世紀なかばに翻訳したゴート語聖書(の部分)であるが、古代英語では約700年、古代高地ドイツ語では約750年、古代低地ドイツ語では約850年、そのほかの言語ではずっと遅く、12世紀から14世紀初めになって長文の記録が現れた。ゲルマン祖語は、これらのすでに分岐したゲルマン諸語の最古の語を比較して再構した推定の形態であるが、ラテン語文献に記された古いゲルマン語の単語やフィンランド語中の借用語などから立証される場合もある。いずれにせよ、ゲルマン諸語の最古の段階には、共通した特色がはっきり認められるので、それが生ずることによって祖語が成立し、インド・ヨーロッパ語族中の他の語派から分離したと考えられる。
その特色のおもなものとして、(1)語幹に強音(アクセント)が固定したこと、(2)閉鎖音の体系の組み替え、があげられる。(1)の結果、強音のない語末の音が弱まり、さらに消失し、近代ゲルマン諸語における語形簡略化の要因となった。(2)はp、t、kがf、θ、hに、b、d、gがp、t、kに、またbh、dh、ghがb、d、gに変わったことで、第一次子音推移とよばれる現象である。
ゲルマン語派は、先に述べた北ゲルマン語に加えて、東西のグループを認め、三つに分類されることが多い。東ゲルマン語はゴート語によって代表されるが、史上からすべて消えた。西ゲルマン語に数えられる諸語のなかでは、フリジア語と英語は密接な関係にあり、ドイツ語には古代から高地、低地の二大方言群が存在している。オランダ語は低地ドイツ語に属した方言から独自の言語に発達したものである。ただし、西ゲルマン語には分岐のもとになった祖語の存在が認められず、これらの言語が直線的に分かれてきたとは考えられない。実は、キリスト生誕前後には、北ゲルマン語、東ゲルマン語に属する種族のほかに、北海―ウェーザー・ライン川間、エルベ河畔の3ゲルマン種族が存在していた。英語とフリジア語はおもに北海のグループから発達した言語であるが、ドイツ語は残りの二つを主とし、北海の群の一部を加え、相互の影響のなかから5世紀以来成立していったと推定される。北、東および、いわゆる西ゲルマン諸語間の相互作用も認められている。
現在のゲルマン諸語はそれぞれ独自の歴史的変化を経たので、相違点も目だつ。アイスランド語は古い時代の語尾を保ち、語彙もほかから影響を受けていない。ドイツ語は古くから語尾を簡略化したが、なお格や人称語尾は複雑で、造語力は非常に強い。英語は多くの語尾を消失し、語彙にもなかばに及ぶラテン語系・フランス語系単語を取り入れた。オランダ語の構造はドイツ語に近い反面、語尾の点では英語にも近い。また高地ドイツ語には、他のゲルマン語全体から区別される子音の変化がおきた。なお南アフリカ共和国では、オランダ語から生じたアフリカーンス語が英語とともに話されている。東欧では最近までユダヤ人間の共通語として、ドイツ語をもとにヘブライ語系語彙を混入したイディッシュが使用されていた。
[塩谷 饒]
『浜崎長寿著『ゲルマン語の話』(1976・大学書林)』▽『塩谷饒著『ゲルマン語』(服部四郎編『言語の系統と歴史』所収・1971・岩波書店)』
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