改訂新版 世界大百科事典 「コショウ」の意味・わかりやすい解説
コショウ (胡椒)
pepper
Piper nigrum L.
東インド原産のコショウ科の常緑つる植物。その実は最も古くから著名なスパイスの一つで,香辛味のほか防腐効果,食欲増進の効果などがある。古代ローマ時代のヨーロッパでは,シナモンとともに最も珍重され,コショウの粒は同量の銀と等価といわれた。コショウ貿易の利益の独占をめぐって,15世紀からのいわゆる大航海時代には,ヨーロッパ列強の東方進出,植民地争奪戦争などの事件が相次ぎ,世界史をゆり動かす原動力にもなったといわれる。
茎は7~8mに伸び,木質化する。節の部分はふくれており,下位の節から気根を出して他物にからみつく。葉は長さ10~15cmの卵形で革質,節に互生する。葉と対となる位置に約10cmの花穂がつき,雌雄異花あるいは同花で多数の小花が群がって咲き芳香がある。3~6mmほどの丸い果実が,長さ15~17cmに伸びた柄に房になってみのり,緑色から赤色になりさらに黒ずんで熟する。まだ青い未熟の果実を,房ごと収穫する。2日間日干しすると,しわがよって黒くなる。足で踏んで柄を除き,粒だけにしたものが黒コショウblack pepperである。完熟果を収穫するか,流水に漬けるかした後,乾かしてから摩擦によって果皮と果肉を除去し,灰白色の種子だけにしたものが白コショウwhite pepperである。コショウの成分はチャビシンで,1~3%含まれる。ピペリンも辛味成分になっているが,精製すると辛味を失う。香気成分は精油で,2%内外含まれる。繁殖はふつう挿木,ときには実生による。支柱にからませて仕立てる。2~3年目から収穫を始め,手入れがよいと25~30年も収穫が続けられる。赤道をはさんで南・北緯20°以内の地域でよく生育する。主産地はインドで,世界の1/3を生産し,スリランカ,インドネシア,タイ,マレー半島,西インド諸島,ブラジルなどでも生産される。
近縁種には,果実を長い穂のまま乾燥させて用いるナガコショウがあり,その一つのインドナガコショウP.longum L.はヒハツともいわれ,インド原産で栽培もされる。またジャワナガコショウP.retrofractum Vahl.もナガコショウの1種である。
執筆者:星川 清親
日本の利用史
コショウが日本にもたらされたのはかなり古いことで,天平勝宝8年(756)の《種々薬帳》(《東大寺献物帳》)に名が見えるように,はじめは薬種とされていた。しかし,獣肉や魚の料理に用いられたこともあったようで,後三条天皇はしばしばサバの頭にコショウをぬって焼いて食べたと,《古事談》は記している。いまでもトウガラシをコショウと呼ぶ地方があるが,トウガラシは渡来当初はコショウの一種と考えられていたらしい。《多聞院日記》文禄2年(1593)2月18日条には,〈コセウノタネ,尊識房ヨリ来。茄子タネフヱル時分ニ植トアル間今日植了。……惣ノ皮アカキ袋也。其内ニタネ数多在之。赤皮ノカラサ消肝了。コセウノ味ニテモ無之〉というくだりがある。もちろん,このコショウは赤トウガラシであるが,コショウの味ではないというのがおもしろい。元禄(1688-1704)ごろには薬屋で売られる一方,粉ザンショウなどといっしょにコショウの粉を売り歩く行商人があったことは,西鶴の作品などに見える。近松門左衛門の《大経師昔暦》に〈本妻の悋気(りんき)と饂飩に胡椒はお定り〉とあるように,江戸前期うどんにはコショウがつき物であった。後期になってそれが廃れたようで,大田南畝は〈近頃まで市の温飩に胡椒の粉をつゝみておこせしが,今はなし〉と《奴師労之(やつこだこ)》に書いている。
執筆者:鈴木 晋一
コショウ交易
コショウは古代から近世までの東西交易における主要商品であり,西ヨーロッパ,中国で珍重された。ペッパーpepperはサンスクリット語のpippali(ナガコショウ)が転訛した語とされるが,インド産のものが中央アジアの通商路を経由して中国にもたらされたため,〈胡〉の〈さんしょう(椒)〉とよびならわされた。ギリシア・ローマ時代には南インドのマラバル産コショウがインド洋の貿易風(ヒッパロスの風)を利用して輸出された。中世に入るともっぱらアラビア商人が独占的に扱った。15世紀末に新航路が開拓されると,ポルトガル,スペインなどは香料の獲得に力を入れ,マラッカ,キャンベイはその中継・集積港として栄え,また南インドのアラビア海沿岸の小海洋王国はコショウの輸出や関税収入を財源としていた。17世紀にはイギリス東インド会社がアジア貿易を一手に握り,コショウはアイ(藍),キャラコとともにインドからの主要な輸出商品となった。
→香辛料
執筆者:重松 伸司
コショウ科Piperaceae
熱帯を中心に8属300種ほどある科で,つる性あるいは草本状の低木になる。葉は互生,全縁で,花は花被をなくし多数が穂状に集まる。雌雄異花になったものも多い。子房には胚珠が1個,種子には胚乳がある。精油やアルカロイドを含み,キンマやヒハツのように薬用にされる種も多い。日本には,つる性常緑草本のフウトウカズラP.kadzura(Chois.)Ohwiが関東地方以南の暖地に分布している。またサダソウ属Peperomiaのいくつかの種はペペロミアの名称で観葉植物として多く栽培されている。
執筆者:堀田 満
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報