アメリカの経済学者。T.ベブレンとともに制度学派の始祖。オハイオ州に生まれ,オバーリン大からジョンズ・ホプキンズ大大学院に進み,歴史学派の流れをくむ経済学者イリーRichard T.Ely(1854-1943,アメリカの経済学者,制度学派の先駆者)の指導のもとで社会改良主義的経済思想を学んだ。1892年以降ウェズレヤン大をはじめいくつかの大学で経済学等を教えるが,その懐疑主義的・進歩主義的思想傾向のために98年大学を追放された。その後,全国各地の労働争議の調査および調停活動に従事し,労働組合主義の哲学を築く。1904年イリーによりアメリカ労働運動史の編纂(へんさん)のためにウィスコンシン大に招聘(しようへい)され,革新運動を推進していたウィスコンシン州政府の労働,公益事業,経済政策などに関する実際的諸問題の解決にも参画し,全国の模範となる公益事業法,ウィスコンシン産業委員会法,失業補償法等を立案した。彼の制度派経済学が形成されたのもこの時期で,《資本主義の法的基礎》(1924),《制度経済学》(1934),《集団行動の経済学》(1950)が代表的著書である。プラグマティズムと進化論的歴史観に基づき,〈取引transaction〉と〈ゴーイング・コンサーンgoing concern〉の概念を用いて,現代の経済問題の現実的解決に資すべき理論を展開し,20世紀の集団行動の経済学を形成し,集団民主主義により社会改良を促進していく公正資本主義reasonable capitalismを提唱した。
執筆者:伊藤 文雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
アメリカの経済学者。ベブレンに次ぐ制度派経済学の建設者。オーバリン大学からジョンズ・ホプキンズ大学に学び、イリーRichard Theodore Ely(1854―1943)の指導を受けた。1904年ウィスコンシン大学教授に就任後、多くの著作を著して制度派経済学の基礎を築いた。彼は労働、産業、貨幣経済などについて各種の調査研究を行ったが、これは州や連邦政府レベルでの具体的な社会経済組織の改革を目的とするものであった。数十年にわたる社会経済的諸改革のための調査研究と経験に理論的根拠を与える体系的著作として、『資本主義の法律的基礎』Legal Foundations of Capitalism(1924)、『制度派経済学』Institutional Economics(1934)を公刊したが、これらは彼の死後出版された『集団行動の経済学』The Economics of Collective Action(1950)とともに、彼の代表的著作をなす。
彼はダーウィンの進化論的歴史観やプラグマティズムを摂取しつつ、正統派経済学に方法論的批判を加え、個人行動にかわって集団の経済行動に分析の焦点をあわせた。彼は一方でアメリカの「銀行家資本主義」を批判するとともに、他方で共産主義やファシズムをも自由の抑圧のゆえに退けた。彼の目標は、私有財産制と個人の創意を基礎としつつ、相対立する諸利害の調整者としての国家の役割を認める「集団的産業民主主義」によって「適正価値」を実現し、福祉を高める「適正な資本主義」へと変革してゆくことであった。
[田中敏弘]
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(植田和弘 京都大学大学院教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…これに加えて,ソーシャル・ダーウィニズムの社会観やプラグマティズムの認識論の影響もあって,アメリカに特有のインスティチューショナリズムつまり制度主義の経済学派が成立したわけである。その先史としては,R.T.イリーやJ.B.クラークといったドイツ歴史学派の洗礼を受けた経済学者の仕事を挙げることができるが,制度学派を確立したのはT.ベブレン,J.R.コモンズそしてW.C.ミッチェルである。この3者の間にも多くの理論的および思想的な違いがあるが,おおまかにくくれば,功利主義的な快苦の心理法則にもとづく個人主義的社会観にかえて,政治的,社会的そして文化的な諸要因との深いつながりのもとに創造され進化していくものとして経済制度をとらえる観点を採用するところに,制度学派の本質がある。…
※「コモンズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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