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コロー Corot, Jean-Baptiste Camille

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コロー
Corot, Jean-Baptiste Camille

[生]1796.7.16. パリ
[没]1875.2.22. パリ
フランスの画家。 26歳から絵を学び,新古典主義の画家ミシャロンや V.ベルタンの弟子となって外光派の絵画を制作。 1825~28年ローマに滞在,『ナルニの橋』 (1826,ルーブル美術館) ,『コロセウム遠望』 (26,同) などを描き,自己の様式を確立。帰国後バルビゾン派に加わり,またヨーロッパ各地を旅行しながら制作。 50年頃から『朝,ニンフの踊り』 (50頃,オルセー美術館) ,『モルトフォンテーヌの回想』 (64,ルーブル美術館) など銀灰色を基調としたやわらかい色彩の詩的な作品を描くようになり,また『真珠の女』 (68~70,同) などの人物画の秀作も制作。晩年には新鮮な色彩の風景画によって印象主義の先駆的役割を果した。

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デジタル大辞泉の解説

コロー(Jean-Baptiste Camille Corot)

[1796~1875]フランスの画家。詩情あふれる風景画・人物画を描き、色調・筆致ともに温雅。→バルビゾン派

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百科事典マイペディアの解説

コロー

19世紀フランスの代表的風景画家。パリ生れ。バルビゾン派の一人。フォンテンブローやビルダブレーの森で描いた親しみやすい風景画は,柔らかで透明な光と,独特の銀灰色を主調とする調和的な彩色,古典的で安定した構図を特徴とする。
→関連項目ピサロ風景画ミレーレビタン

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世界大百科事典 第2版の解説

コロー【Jean‐Baptiste Camille Corot】

1796‐1875
フランスの画家。19世紀フランスで,風景画家としておそらく人々から最も愛された。それには抒情にあふれた作風だけでなく,〈コローおじ〉と慕われる温好な人柄も一役かっていた。ラシャ卸業者の父と,婦人帽子店を経営する母との間にパリで生まれる。母から豊かな感受性と洗練された美意識を受け継ぎ,早くから絵を好んだ。19歳で父の勧めによりラシャ卸業者の見習いとなるが,商売には身が入らず,夜は画塾に通い,週末は父がパリ近郊ビル・ダブレーに購入した別荘で自然にひたるなど,画業に熱中した。

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大辞林 第三版の解説

コロー【Jean-Baptiste-Camille Corot】

1796~1875) フランスの画家。バルビゾン派の一人。柔らかな色調で繊細な詩情あふれる作品を描いた。自然の大気や光の効果を描き分け、のちの印象派を予告する作風。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コロー
ころー
Jean-Baptiste Camille Corot
(1796―1875)

フランスの画家。7月17日パリに生まれる。商人の道を歩ませようという両親の意に反して絵画を志し、最初若い風景画家アシル・ミシャロンに学び、ついで新古典主義者ビクトール・ベルタンに学ぶ。ベルタンを通じてプーサンなどにも学ぶが、ベルタンは同時に、自然を研究することを教える。1825~28年の間ローマに遊学。当時ローマに集まっていた外人画家たちの、アカデミズムを脱却して戸外の自然の真実を求めようとする態度に同調し、ローマやカンパニアの野を題材として、明るい地中海の光、明確な形態感の描出を求めた数多くの習作を残している。
 帰国後も自然の真実を求めて、フランスの各地を旅行し、スイス、イギリスにも旅行し、イタリアにも1834、43年の2回旅している。とくに、パリに近いビル・ダブレーに1年のうちある期間滞在して、『シャルトル大聖堂』(1830・ルーブル美術館)などの周辺の風景を描く。バルビゾンでも描いているが、オランダ派の影響の強い他の画家たちに対して、コローはイタリア派の明晰(めいせき)さを守っている。また一般にバルビゾン派が自然から受け止める観念的な情緒を表出しようとしたのに対して、彼はより視覚的な真実を求める。しかし、イル・ド・フランス地方などの柔らかな光や大気、緑の諧調(かいちょう)などが、イタリア的な視覚の明るさとは異なる微妙な雰囲気の描出をしだいにコローに啓発する。「コローの銀灰色」とよばれる微妙な輝きを帯びた緑の諧調などがそれである。
 彼は1827年よりサロンに定期的に出品している。しかしここでは伝統的な審査に対する配慮のために歴史画、聖書画などが主体であり、少なくとも35年までは成功していない。しかし、風景のなかにニンフたちを描く作品はしだいに注目を集め、55年のパリ万国博覧会の際の展示で一挙に名声は高まる。『モルトフォンテーヌの思い出』(1864・ルーブル)、『マントの橋』(1868~70・ルーブル)は、自然の柔らかな光の震えを再現するとともに、静かな詩想をさえ宿す円熟期の作品である。
 一方、コローは人物表現も行い、とりわけ裸婦や女性肖像に、『青衣の婦人』(1874・ルーブル)、『真珠の首飾りの夫人』(1868~70ころ・ルーブル)などの傑作を残し、1875年6月22日パリに没した。ロボー編集の全作品目録には約2500点の作品が集録されているが、さらにそれに数百点の追加が予想される。[中山公男]
『マドレーヌ・ウール著、田中淳一訳『コロー』(1974・美術出版社) ▽坂本満解説『新潮美術文庫21 コロー』(1974・新潮社) ▽佐々木英也解説『現代世界美術全集19 コロー/ミレー/クールベ』(1973・集英社)』

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世界大百科事典内のコローの言及

【偽作】より

…これらが後者の例に属する。しかしほかにも,たとえばコローが友人や弟子たちの困窮を助けるため,彼らの作品に署名をしてやった例がある(19世紀から20世紀初頭,コローはきわめて高価で流通性も高かったため,これらコローが署名だけした作品をふくめて各種の偽作が生まれた。アメリカ所在のコロー作と称する作品だけでも彼の真正作品の全量を上回っている)。…

※「コロー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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