コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

シュリーマン シュリーマン Schliemann, Heinrich

6件 の用語解説(シュリーマンの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュリーマン
シュリーマン
Schliemann, Heinrich

[生]1822.1.6. ノイブコー
[没]1890.12.26. ナポリ
ドイツ考古学者。貧しい牧師の家に生れ,店員,商会の書記などの職業を経たのち,ロシアで実業家として成功し,巨富を得た。 41歳で業界を引退し,世界漫遊旅行ののち,パリで考古学を学ぶ。少年時代に感動を受けたホメロスの物語が架空のものではないと信じ,トロイ発見のためトルコのヒッサリクを発掘し (1871~73) ,城壁,財宝などを発見して,トロイ文明の実在を証明した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

シュリーマン(Heinrich Schliemann)

[1822~1890]ドイツの考古学者。ホメロスの詩を史実を歌ったと信じて、トロイアの遺跡を発見。また、ミケーネティリンスを発掘し、エーゲ文明の存在を明らかにした。著、自叙伝古代への情熱」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

シュリーマン

ドイツの考古学者で,トロイアミュケナイなどの発見者。貧しい牧師の家に生まれ,大商人として財をなしたのち,ホメロスの叙事詩にあるトロイアの地を小アジアのヒッサルリクと推定して1870年に発掘を開始した。
→関連項目デルプフェルトトロイア戦争ミュケナイ文明

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

シュリーマン【Heinrich Schliemann】

1822‐90
ドイツの考古学者。ミュケナイ文明ミノス文明の発見者。北ドイツの貧しい牧師の子に生まれたが,少年時代にホメロスの物語に魅了されてトロイアの都の実在を信じ,その発掘を決意する。しかしその前半生は独立のための富の追求のうちに過ぎる。中学を終えると小売店の小僧,徒弟,下級船員,商社の社員などの職を転々としながら,少年時の夢を堅持し,また十数ヵ国語を習得する。ようやくロシアにおいて巨富を得ると実業の第一線から退き,自力による初志の実現に没入する。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

シュリーマン【Heinrich Schliemann】

1822~1890) ドイツの考古学者。幼少時に読んだホメロスの詩を史実と信じ、独力でトロイアの遺跡を発掘。さらにミュケナイ・ティリンスなども発掘し、後期エーゲ文明の実態を明らかにした。著、自叙伝「古代への情熱」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュリーマン
しゅりーまん
Heinrich Schliemann
(1822―1890)

古代のトロヤの遺跡の発見者として広く知られるドイツの考古学者。ドイツ北部、バルト海に面するメクレンブルク州で牧師の子として生まれる。幼時からホメロスの物語にあるトロヤの遺跡の実在を信じ、これの発見を生涯の目的とした。前半生はこのための資金づくりのためロシアに移住しインド藍(あい)の貿易商を営み巨利を得た。40歳代前半には事業をやめ、世界旅行をしている。このとき中国や日本にも立ち寄っている(1865)。ついでギリシア古代史の本格的な研究に入り、ギリシア、小アジアを訪れている(1868)。翌年、アテネ生まれでホメロスの詩編に精通するソフィア(1852―1932)と知り合い結婚する。
 1870年に小アジア北西部のヒッサリクHissarlikの丘に初めて鍬(くわ)を入れ、引き続き73年まで行った発掘調査で、この地が古代のトロヤの遺丘であることを立証して大きな衝撃を世界に与えた。この調査は引き続きドイツのデルプフェルトの協力を得て、彼の没年まで続行された。トロヤの発掘と併行して、ギリシア本土でもミケナイ、ティリンスなどの発掘を行い、彼の生涯の目的であったホメロスの世界の実在性を立証した。晩年はアテネに邸宅を構え、古代の世界にふける優雅な生活を送ったが、1890年12月26日、ナポリで急死した。各遺跡の報告のほかに、自叙伝である『古代への情熱』がある。[寺島孝一]
『村田数之亮訳『古代への情熱』(岩波文庫)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のシュリーマンの言及

【トロイア】より

…この小丘は前3000年ころからローマ時代にいたる住居層が重なって,東西約100m,南北約115m,高さ36mほどの遺跡の丘となっていた。伝説上のトロイアの都が実在すると信じたシュリーマンが,1871年はじめて手をつけ,以来4回の発掘によって,宮殿,城壁,財宝を発見し,多くの著書によってその信念を実証した。彼の死後は協力者であったデルプフェルトが1893‐94年に精密な発掘調査を行い,トロイア遺跡の各時期,遺構,遺物の科学的解明を行った(《トロヤとイリオン》1902)。…

【ミュケナイ】より

…近代ギリシアの独立後,1837年にアテネ考古学協会が設立され,41年に協会の一幹部が同協会の事業として試みたのがミュケナイ発掘の最初である。次いで74年に,前年トロイアにおいて〈プリアモスの財宝〉を掘り当てていたシュリーマンがアクロポリスにおいて34ヵ所の試掘を行った。本格的な発掘は76年城門内の円形墓域において行われ,5基の竪穴墓から黄金の仮面をはじめとする大量の黄金製品と青銅刀剣類その他の副葬品が出土した。…

※「シュリーマン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

シュリーマンの関連キーワードネイティブコードイブニングコートイブンシーナーラブコール三角数ハイブリッドレコーダーアーカイブ・コレクションつぶつぶコーンミニつぶコーンフレーク森のいぶき

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

シュリーマンの関連情報