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シュリー Śrī

翻訳|Śrī

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュリー
Śrī

サンスクリット語で,本来は利益,富,吉祥などを意味する。インド神話では豊穣,繁栄の女神の名とされる。一説によると,アーリア人のインド侵入以前の,先住民の崇拝していた女神であるとされる。ビシュヌ神の神妃とされ,しばしばラクシュミー Lakṣmīとも呼ばれるが,シュリーとラクシュミーとは本来別個の女神であったとされる。また仏教にも取入れられて,吉祥天となっている。

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百科事典マイペディアの解説

シュリー

フランスの政治家。穏健派プロテスタント。早くからナバール王アンリ(後のアンリ4世)に仕え,ユグノー戦争期に活躍。アンリ4世即位後は事実上宰相として財政再建や農業復興に貢献し,ブルボン王朝の基礎を固めた。

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世界大百科事典 第2版の解説

シュリー【Maximilien de Béthune,baron de Rosny,duc de Sully】

1559‐1641
フランスの政治家。古くからの貴族の家系であったが,祖父の代より家運が傾き,小所領ロニーを残すのみの没落小貴族の出身である。両親がカルビニズムに帰依し,彼自身も早くより新教派に加わってアンリ・ド・ナバール(のちのアンリ4世)の側近となった。1589年アンリ4世即位とともに重用され,事実上の宰相をつとめ王国の復興に貢献した。農業を重視し,タイユ税軽減や役畜・農具の差押え禁止など農民保護立法を推進した。〈農耕と牧畜はフランスの双の乳房〉という彼の言葉は,農本主義的な思想をよく表している。

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