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ショスタコビチ ショスタコビチ Dmitriy Dmitrievich Shostakovich

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デジタル大辞泉の解説

ショスタコビチ(Dmitriy Dmitrievich Shostakovich)

[1906~1975]ソ連の作曲家。グラズノフらに師事。当局から批判を受けて作風を変えつつ、常にソ連音楽界の第一線で活躍。作品に、15曲の交響曲弦楽四重奏曲のほかオラトリオ「森の歌」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ショスタコビチ
しょすたこびち
Дмитрий Дмитриевич Шостакович Dmitriy Dmitrievich Shostakovich
(1906―1975)

ソビエト連邦を代表する作曲家。社会主義体制下で幾度か当局の批判にあいながらも、多岐にわたる作品を発表。とくに20世紀中葉の交響曲作曲家として、その名を不朽のものとした。[益山典子]

生涯

9月25日、サンクト・ペテルブルグ(1914年以降ペトログラード、24~91年レニングラードとよばれた)で、技師で音楽愛好家であった父とピアニストの母との間に生まれる。9歳で母にピアノの手ほどきを受けたのち、1919年ペトログラード音楽院に入学し、ピアノをレオニード・ニコラーエフLeonid Nikolayev(1878―1942)、作曲をマクシミリアン・シテインベルクMaximilian Oseyevich Shteynberg(1883―1946)に師事。在学中父が死に、一家の生活を助けるために映画館でピアノを弾くなど苦学したが、当時音楽院院長であったグラズーノフの励ましと援助を得て25年に卒業。卒業作品として書かれた交響曲第1番は、翌26年レニングラードで初演され大成功となり、さらにベルリンやフィラデルフィアなどでも一流指揮者によって取り上げられて、彼の名は広く知られるようになった。27年にはショパン国際ピアノ・コンクールで名誉賞を獲得し、以後ピアニストとしても活躍。続いて十月革命に寄せた交響曲第2番(1927)、メーデーのための交響曲第3番(1929)を発表し、作曲家としての地位を確立。この時期にはまた、多くの映画音楽を手がけている。
 1934年、レスコーフの同名の小説によるオペラ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』(『カテリーナ・イズマイロワ』として63年改訂初演)が初演されると空前の大評判になり、ヨーロッパをはじめアメリカ各地でも次々に上演されたが、そこで使用された前衛的手法のために、36年1月の『プラウダ』紙上で徹底的な批判が加えられた。これに対しショスタコビチは翌年、社会主義リアリズムの方針に沿った作風で交響曲第5番を作曲し、圧倒的成功をもって名誉を回復、その後も旺盛(おうせい)に創作活動を行うとともに、レニングラード音楽院、のちにはモスクワ音楽院の教授の職を得て後進の指導にあたった。第二次世界大戦後ふたたび「西欧ブルジョア的形式主義に陥った」とジダーノフ批判の矢面に立たされた彼は、平易な語法によって、ソ連の国土改造計画をたたえるオラトリオ『森の歌』(1949)を発表。さらに53年スターリンの死後に発表された交響曲第10番においても論議をよぶなど、つねに話題となりながら精力的に大作を生み出した。ソ連の「雪どけ」(冷戦緩和)とともに1960年代からは反体制的テクストを用い、内容的にも思索的な傾向をとるなど新しい展開をみせたが、75年8月9日、心臓病のためモスクワで没した。[益山典子]

作品の特徴

ショスタコビチの作品はオペラ、バレエ音楽、映画音楽や劇の付随音楽を含む管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲のほか、ピアノ独奏曲や歌曲など、あらゆる分野にわたる。とくに劇音楽に作品が多く残されているが、内容と密度の点から交響曲と弦楽四重奏曲が創作の中心的位置を占めている。15曲に上る交響曲は生涯にわたって取り組まれたジャンルで、そのいずれもが大作であると同時に、作曲家の置かれた社会的状況を反映した作品としてきわめて興味深いものをもっている。同じく全15曲の弦楽四重奏曲は後半生に集中して書かれており、磨き抜かれ充実した内容をみせて、バルトークの弦楽四重奏曲とともに20世紀における最高傑作に数えられている。
 作風としては、西欧のモダニズムの影響を受けた1920年代、ふたたび西側の新しい技法に接近した晩年を除き、総じて1930年のスターリンのことば「形式において民族的、内容において社会主義的」に表される政治的要求に従い、平易な新古典主義的様式をとりながら壮大な効果をあげている。
 なお、死の数年後にアメリカで発表された回想録『TESTIMONY : The Memoirs of Dmitri Shostakovich』(ヴォルコフ編、邦訳『ショスタコーヴィチの証言』)は、彼の隠された内面を語るものとして大きな反響を巻き起こしたが、恣意(しい)的な贋作(がんさく)との見方が定まってきた。むしろソ連邦崩壊を含む没後四半世紀のうちに、従来知られていなかった作品や書簡が発表され、客観的研究の成果からショスタコビチの創作の解釈が変わってきている。とくに作品中の複雑な音名象徴(ショスタコビチ自身のイニシアルのドイツ語翻字「D.SCH.」に基づく四つの音による音列など)の使用は、表現の自由が保障されなかった状況のなかで彼がとらざるをえなかった手段として注目されている。従来、当局の意向に沿った内容と考えられてきたもののなかにも隠されたメッセージがみいだされるなど、作品解釈に新たな局面を開きつつある。ソビエト体制下に生涯を全うした唯一の世界的大作曲家であるショスタコビチは、20世紀の音楽史上きわめて興味深い存在といえよう。[益山典子]
『M・R・ホフマン著、清水正和・振津郁江訳『ショスタコーヴィチ』(1982・音楽之友社) ▽L・グリゴーリエフ、Y・プラデーク編『ショスタコーヴィチ自伝――時代と自身を語る』(1983・ナウカ) ▽音楽之友社編・刊『作曲家別名曲解説ライブラリー15 ショスタコーヴィチ』(1993) ▽井上道義・森田稔他著『ショスタコーヴィチ大研究』(1994・春秋社) ▽ソフィヤ・ヘーントワ著、亀山郁夫訳『驚くべきショスタコーヴィチ』(1997・筑摩書房) ▽ローレル・E・ファーイ著、藤岡啓介・佐々木千恵訳『ショスタコーヴィチ ある生涯』(2002・アルファベータ) ▽S・ヴォルコフ編、水野忠夫訳『ショスタコーヴィチの証言』(中公文庫)』

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