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シーボーグ Seaborg,Glenn Theodore

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シーボーグ
Seaborg,Glenn Theodore

[生]1912.4.19. ミシガン,イシュペミン
[没]1999.2.25. カリフォルニア,ラフェーエット
アメリカの物理化学者。 1937年カリフォルニア大学で学位取得。第2次世界大戦中,原子爆弾を製造するマンハッタン計画に参加。 45年カリフォルニア大学教授,58年より 62年まで同大学学長をつとめた。原子力委員会委員長 (1961~68) 。 1940年 E. M.マクミランらとプルトニウム 239を発見した。以後アメリシウムキュリウム (1944) ,バークリウム (49) ,カリホルニウム (50) ,アインスタイニウム (52) ,フェルミウム (53) ,メンデレビウム (55) ,ノーベリウム (57) ,ローレンシウム (61) といわゆる超ウラン元素を次々と発見。また 46年にトリウムから始る第2の希土類をアクチノイド系と命名したことでも知られる。 51年 E.マクミランとともにノーベル化学賞受賞。

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百科事典マイペディアの解説

シーボーグ

米国の物理化学者。カリフォルニア大学で学び,1945年同大学教授,1961年以降米国原子力委員会委員長。1940年E.M.マクミランとともに94番元素プルトニウム238Puを核反応でつくり,翌年その同位元素239Puを,1944年には95番元素アメリシウム,96番元素キュリウムをつくった。

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大辞林 第三版の解説

シーボーグ【Glenn Theodore Seaborg】

1912~1999) アメリカの化学者。九四~一〇二番の超ウラン元素を人工的に創成。第二次大戦中は原子爆弾製造に参加。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シーボーグ
しーぼーぐ
Glenn Theodore Seaborg
(1912―1999)

アメリカの化学者、物理学者。4月19日ミシガン州イシュペミングに生まれる。カリフォルニア大学で化学の学位取得(1937)後、同大学講師、准教授を経て教授(1945)となる。1958~1961年同大学学長(創立以来の最年少)を務める。彼を中心とする研究グループは、1940年暮れ同大学のローレンスのところで、加速器を用いるウラン原子核の人工放射性変換によって94番元素プルトニウムを発見、1941年3月には極微量であるがプルトニウムの生産に成功した。これを契機に原子爆弾製造計画(マンハッタン計画)はプルトニウム原爆(長崎投下原爆)を中心として急速に進み、シーボーグはそのなかでプルトニウム生産を担当推進した。1944年95番元素アメリシウムと96番元素キュリウムを発見、1946年放射性核種崩壊系列の一つのアクチニウム系の提唱・命名、1949年97番元素バークリウムと1950年98番元素カリホルニウムを発見し、1951年これらの超ウラン元素の発見に対してE・M・マクミランとともにノーベル化学賞を受ける。1953年アメリカのビキニ環礁水爆実験によって生じた放射性サンゴの砕片から99番元素アインスタイニウムと100番元素フェルミウムを発見、さらに1950年代後半に101番元素メンデレビウムと102番元素ノーベリウムを発見。そして、1961年の103番元素ローレンシウムの発見も加え、シーボーグとそのグループは今日認められている超ウラン元素の大半を発見した。アメリカ原子力委員長をはじめ大統領科学諮問委員などを歴任した。[大友詔雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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