ストーン(英語表記)Stone, Julius

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ストーン
Stone, Julius

[生]1907.7.7. ヨークシャー,リード
[没]1985.9.3.
イギリスの国際法学者,法哲学者。オックスフォード大学,リード大学などで学んだのち,ハーバード大学で学位をとり,同大学で教職についた。第2次世界大戦後はシドニー大学で国際法と法哲学を講じた。その主著『法の領域と機能』 The Province and Function of Law (1946) は広い視野に立った詳細な法哲学概説書として高く評価されている。主著としては上記の著書の改訂増補版としての3部作,『法体系と法律家の推論』 Legal System and Lawyers' Reasonings (64) ,『人間の法と人間の正義』 Human Law and Human Justice (65) ,『法と正義の社会的諸次元』 Social Dimensions of Law and Justice (66) がある。

ストーン
Stone, Nicolas

[生]1586. ウッドパリ
[没]1647.8.24. ロンドン
イギリスの石彫師。ロンドンの I.ジェームズに学び,1606年から7年間アムステルダムで彫刻家ヘンドリック・ド・カイゼルのもとで修業した。帰国後ロンドンに定住,19~22年建築家 I.ジョーンズのもとで修業し,墓廟彫刻家として名をなした。ナザブトン公ヘンリーの墓廟をはじめ,ナザブトンシャーのカレー夫人の墓,ワットフォードの C.モリソンの墓などを制作。後期の作品にはイタリア美術の影響が強い。彼は 17世紀イギリスの最もすぐれた石彫師であったが,芸術家としての地位は高くはなかった。同名の息子 (1647没) も彫刻家で,彼はおもにベルニーニのもとで制作した。

ストーン
Stone, Oliver

[生]1946.9.15. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国の映画監督,脚本家,プロデューサー。エール大学で学んだがすぐ中退し,ベトナム共和国(南ベトナム)へ赴いて英語の教師をした。ベトナム戦争中の 1967年にアメリカ陸軍に志願した経験がその後の作品づくりに深く影響している。ニューヨーク大学で映画を専攻してマーティン・スコセッシ監督に師事し,1971年に学士号を取得。『邪悪の女王』Seizure!(1974)などのホラー映画を監督したのち,『ミッドナイト・エクスプレス』Midnight Express(1978)でアカデミー賞脚色賞を受賞した。監督業に戻ると,ベトナム戦争のトラウマ(→心的外傷)を描いた『プラトーン』Platoon(1986)でアカデミー賞監督賞を受賞した。『ウォール街』Wall Street(1987)に続き,ベトナム戦争の悪影響を扱った『7月4日に生まれて』Born on the Fourth of July(1989)で再びアカデミー賞監督賞を受賞するとともに,脚本家として 4度目のアカデミー賞候補になった。『JFK』JFK(1991),『ドアーズ』The Doors(1991)ののち,クエンティン・タランティーノ原案の『ナチュラル・ボーン・キラーズ』Natural Born Killers(1994)を監督。ほかにリチャード・M.ニクソン大統領を題材にした『ニクソン』Nixon(1995),権力と暴力の問題を描いた『エニイ・ギブン・サンデー』Any Given Sunday(1999)と『アレキサンダー』Alexander(2004),アメリカ同時テロを主題とした『ワールド・トレード・センター』World Trade Center(2006),ジョージ・W.ブッシュ大統領の半生を描いた『ブッシュ』W.(2008)などがある。

ストーン
Stone,John Richard Nicolas

[生]1913.8.30. ロンドン
[没]1991.12.6.
イギリスの経済学者。ケンブリッジ大学卒業。イギリス戦時内閣では経済官僚として中央統計局に勤務。 1945年からケンブリッジ大学フェローとなり財政学,会計学を教授,80年退官。その間 55年には計量経済学会会長,78~80年王立経済学会会長を歴任。また国連統計委員会の専門グループの中心として国民経済計算体系 (新 SNA) を開発。世界各国の経済状況を全体的に比較することを可能にした。 84年にその功績が認められノーベル経済学賞を受賞。

ストーン
Stone, Lucy

[生]1818.8.13. マサチューセッツ,ウェストブルックフィールド
[没]1893.10.18. マサチューセッツ,ボストン
アメリカ合衆国の最初期の女性解放論者。女性の参政権を求める女性参政権(→婦人参政権)運動の草分け。1850年に行なわれた最初の全国女性権利会議の開催に尽力した。幼い頃から女性に課せられた制約について異議を唱える。聖書にある「男性には女性を支配する権利が与えられた」とする一節が正しく訳されているかどうかを確認するため,ヘブライ語とギリシア語を学ぶと宣言したほどであった(のち実際に学び,正しくないと結論づけた)。1847年にオバーリン大学を卒業。その後,マサチューセッツ反奴隷協会の講演者となり,女性の権利についても言及した。1850年代には女性の権利に関する会議を複数組織した。1855年,奴隷制廃止論者ヘンリー・ブラックウェルと結婚。結婚後も既婚女性の権利を制限する不平等な法に抗議する意味をこめ旧姓を使い続けた。1890年代まで「ルーシー・ストーナー」ということばが女性権利運動の活動家,特に旧姓を使い続ける既婚女性に対して用いられた。ニュージャージー州で 10年活動したあと,夫とともにマサチューセッツ州ボストンに移動。1869年,州ごとに女性に参政権を与えることを目的とした穏健派のアメリカ婦人参政権協会を設立した。同協会は 1890年に合衆国憲法の修正を強く求める全国婦人参政権協会と合併して全米婦人参政権協会となった。1870年に週刊誌『ウーマンズ・ジャーナル』を創刊した。(→フェミニズム

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デジタル大辞泉の解説

ストーン(stone)

石。「ストーンハンティング」
ヤードポンド法質量単位。1ストーンは14ポンドで約6.35キログラム。英国で体重を示すのに用いた。
カーリングに使われる円盤状の石。直径約30センチ、重さ約20キロの花崗岩(かこうがん)製で、上部にハンドル(持ち手)がついている。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ストーン Stone, William Henry

1837-1917 イギリスの電信技術者。
1837年6月18日生まれ。明治5年(1872)来日。工部省電信寮に属し,電信架設を指導。のち逓信省にうつり,技術指導のほか電信関係の法規の整備などに尽力。日清(にっしん)・日露戦争では通信技術の開発に貢献した。一等。大正6年6月3日東京で死去。79歳。アイルランド出身。墓所は東京の青山霊園

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朝日日本歴史人物事典の解説

ストーン

没年:大正6.6.3(1917)
生年:1837.6.18
明治期に来日したお雇い外国人イギリス人技師。アイルランドのスライゴー生まれ。明治5(1872)年工部省の電信寮に雇われて電信架設を指揮し,のち逓信省に転じて,技術指導だけでなく法規の制定など行政面にも関係した。工部省雇電信局書記官,逓信省雇電信局勤務外国書記官などを勤めたのち,日清戦争時の電信事業の拡張に貢献したことで勲2等に,さらに日露戦争時の功労で勲1等に叙せられ,外国人技術者としては異例の処遇を受けた。四十余年の滞日ののち東京で死没し,青山霊園に葬られた。

(三好信浩)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ストーン【Lucy Stone】

1818‐93
アメリカ婦人参政権運動の先駆的指導者。オバリン大学卒業後,奴隷制廃止,女性の権利に関する講演活動を行い,1850年,マサチューセッツ州ウースターで女性の権利のための最初の全国大会を開いた。南北戦争後,E.C.スタントンらと戦術的・思想的相違から対立し,穏健派を中心に69年,アメリカ婦人参政権協会を組織した。彼女が編集した協会機関紙《女性のジャーナル》は,視野は中産階級の女性の権利の問題に限られる傾向があったが,1917年まで続き,婦人参政権支持の拡大に貢献した。

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大辞林 第三版の解説

ストーン【stone】

石。
ヤード-ポンド法の重さの常用単位。一ストーンは14ポンド。

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精選版 日本国語大辞典の解説

ストーン

(stone) 〘名〙
① 石。岩石。現在では他の外来語と複合して用いられる。
当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉六「錦に包みてもストン〔石塊(いし)〕はストン」
② 質量の単位の一つ。ヤード‐ポンド法の常用単位で、ふつうポンドの一四倍。六・三五〇二九四キログラムにあたる。イギリスでは、かつて切り出した石の重さをはかる単位として用いられ、現在は特に人の体重を表わすのに用いられる。記号St 〔万国政表(1860)〕

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