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スペースシャトル スペースシャトル space shuttle

翻訳|space shuttle

7件 の用語解説(スペースシャトルの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スペースシャトル
スペースシャトル
space shuttle

地表から地球周辺の軌道上へ一般科学者や各種機材などを輸送するためにアメリカ航空宇宙局 NASAが開発した宇宙輸送システム(→有人宇宙船)。軌道飛行体(オービタ orbiter),外部燃料タンク,両脇の固体ロケットブースタからなる。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

スペースシャトル

航空宇宙局(NASA)の再使用型有人宇宙船。81年4月にコロンビアが初飛行して以来5機が製造され、計124回打ち上げられている。このうち、86年にはチャレンジャーが打ち上げ直後に爆発、03年にコロンビアが地球帰還時に空中分解する事故が起きている。今回打ち上げ予定のディスカバリーは現役3機のうちの1毅老朽化などからスペースシャトルは10年5月の打ち上げを最後に退役を予定している。

(2009-03-12 朝日新聞 夕刊 1総合)

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デジタル大辞泉の解説

スペース‐シャトル(space shuttle)

1981年から2011年にかけて運用されたNASA(米国航空宇宙局)の有人宇宙往復機。人工衛星の軌道投入や惑星探査機の放出、国際宇宙ステーションISS)への人員・資材輸送などに利用された。それまでのロケットとは異なり反復利用が可能で、実用機としてコロンビア・チャレンジャー・ディスカバリー・アトランティス・エンデバーの5機が建造・運用され、30年間に135回の飛行を行った。離陸時は巨大な外部燃料タンクと一対の固体ロケットブースターを使用して発射台から垂直に打ち上げられ、帰還時はオービター(軌道船)がグライダーのように滑空しながら着陸する。
[補説]1977年に試験機エンタープライズによる滑空着陸試験が繰り返された後、1981年4月12日にコロンビアが打ち上げられ、地球の周回軌道を36周して帰還(スペースシャトルとして初の有人宇宙飛行)。1982年11月、コロンビアが通信衛星2機を放出し軌道に乗せることに成功(初の実用飛行)。1986年1月、チャレンジャーが打ち上げ直後に爆発。2003年2月、コロンビアが帰還時に大気圏内で空中分解。2011年7月9日に打ち上げられたアトランティスがISSへ補給物資や実験装置を運搬したのを最後に、スペースシャトルの運用は終了した。

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百科事典マイペディアの解説

スペースシャトル

米国の宇宙輸送用ロケット。地上から大気圏外まで飛行する2本の固体ロケットと,切り離されて軌道に向かうオービター(軌道機),および外部燃料タンクから構成されている。
→関連項目宇宙合金宇宙船エドワーズ基地ケープ・カナベラル人工衛星スペースラブハッブル宇宙望遠鏡ロックウェル・オートメーション[会社]

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世界大百科事典 第2版の解説

スペースシャトル【Space Shuttle】

アメリカの宇宙輸送用ロケット。shuttleとは本来は織機の杼(ひ)のことであり,糸の間をいったりきたりするところから,この名称が定期的に頻繁に往復して運航する輸送機関に対して用いられるようになった。このことからわかるように,スペースシャトルは従来のロケットと異なり,地上と宇宙の間を往復運航することが可能なロケットで,オービターは航空機のような有翼ロケット機である。
[構成]
 スペースシャトルは2本の固体ロケット,外部タンク,そしてオービター(軌道機)とで構成される。

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大辞林 第三版の解説

スペースシャトル【space shuttle】

有人宇宙連絡船。アメリカ航空宇宙局(NASA)が開発。地球と宇宙空間を貨物や人を運んで往復飛行する。1981年、初飛行。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スペースシャトル
すぺーすしゃとる
Space Shuttle

アメリカ航空宇宙局(NASA(ナサ))のアポロ宇宙船の打上げ用サターン型ロケットに続く大型・多目的用の有人・有翼型宇宙往還機のこと。従来の人工衛星などの打上げに用いられた1回限りの使い捨て型ロケットExpendable Launch Vehicle(ELV)と異なって、スペースシャトルは垂直に打ち上げ、地球周回飛行、大気圏再突入、水平着陸後、再整備したのち再飛行ができる。しかも有人飛行で多目的に使用できる新しい再使用型「宇宙輸送システムSpace Transportation System(STS)」である。使い捨て型ロケット(ELV)に対して再使用型ロケットReusable Launch Vehicle(RLV)ともいう。
 アメリカの威信をかけて、1972年から開発が始まったスペースシャトル計画は、1981年4月の初飛行と11月、1982年3月と7月の計4回の軌道飛行テスト終了をもって、開発期間約10年を終了した。開発費は約100億ドルであった。1982年11月から運用、改良時代に入った。その後、1984年に運用が開始され、1987年から開発中の「国際宇宙ステーションInternational Space Station(ISS)」の建設開始(1998)から完成(2011年予定)までの宇宙輸送システムの主力としてシャトルは使用される。
 なお、シャトルとは、機織(はたおり)機の左右に往復する「杼(ひ)」とよばれる横棒のことで、したがってスペースシャトルは、地球と宇宙空間を往復する宇宙機ということになる。NASAはスペースシャトルの後継機の開発に努力しているが、国際宇宙ステーションへの物資補給や人員交替は当分ロシアや日本(HTV)に頼らざるを得ない。[久保園晃]

スペースシャトルの特徴

シャトルの特徴のうち、とくに重要な点は二つある。
〔1〕オービタorbiter vehicle(略称OV、軌道船のことで、スペースシャトルの本体)の機体の3軸方向の加速度(重力加速度、9.8m/s2)がいずれもプラスマイナス3以内になるように設計されているため、従来のような過酷な宇宙飛行士の訓練が緩和されたこと。すなわち健全な精神と肉体とをもつ科学技術者であれば搭載実験装置の実験のみを行うペイロードスペシャリスト(PS)として、機長(CDR)およびパイロット(PLT)ならびに船外活動(EVA)やロボットアーム操縦を行うミッションスペシャリスト(MS)らとともにシャトルに搭乗でき、宇宙実験・観測などができること。
〔2〕積荷室内の人工衛星などの各ペイロード(搭載物)に対する環境条件と容積・重量制限が使い捨て型ロケットより緩和されていること。[久保園晃]

スペースシャトルの構成と主要諸元

スペースシャトルは在来型のロケットと航空機の混合飛行体である。すなわち、OV、外部推進剤タンク(ET)、およびETの左右に取り付けた固体ロケットブースター(SRB)2基で構成される飛行体である。その全長は56.1メートル、全高は23.3メートル、全幅は23.8メートル(主翼翼幅)、全重量約2020トン、発射時推力約3140トン、搭乗員最大8名と、重量・推力はサターン型ロケットなみである。OVは全長約37メートル、滑走時の高さ約17メートル、液体酸素および液体水素の組合せによる極低温高性能推進剤を用いる2段式燃焼サイクル方式シャトル主エンジン(SSME)3基と、四酸化二窒素およびモノメチルヒドラジン推進剤による軌道修正エンジン(OMS)2基左右が尾部にあり、機首と後部には、同推進剤によるガスジェット姿勢制御システム(RCS)のスラスタが計44基装着されている。アメリカ東海岸のNASAケネディ宇宙センターから東方向に向けて発射した場合約30トンまでの荷物を積める積荷室(カーゴベイ。長さ18メートル、幅4.5メートルのかまぼこ型)をもつ胴体、そして極超音速から亜音速に適したダブル三角形の主翼(内外エレボン付き。左右に主脚)、垂直尾翼(方向舵(ほうこうだ)兼エアブレーキ付き)、および尾部下方のボディ・フラップの空力翼面がある。そしてOV全表面は、上昇中および大気圏再突入時の空力加熱(最高約1260℃)からアルミ合金外板を防護するための熱防護システム(TPS)としてのシリカ繊維材断熱タイル約3万1000枚が常温接着剤で取り付けられている。このTPSには温度分布域別に5種類のものがあり、低温順にあげると次のようなものがある。
(1)可撓(かとう)型再使用可能表面断熱材(FRSI、ノーメックスフェルト、約400℃以下)
(2)低温再使用可能表面断熱材(LRSI、371~648℃、約7000枚)
(3)高温再使用可能表面断熱材(HRSI、648~1260℃、約2万4000枚)
(4)炭素強化炭素材(RCC、1260℃以上)
(5)その他、耐熱風防ガラス、チタン合金、シリカクロスなど
なお各TPSはその後も改善されている。
 全長約47メートル、外径約8.5メートルのETには、液体酸素約604トン(前部)と液体水素約102トン(後部)の計706トンの推進剤が、発射当日約5時間前から積み込まれ、液体酸素・液体水素の両タービンポンプでSSMEに供給され、約8分間燃焼される。表面は発泡ウレタンで耐熱処理されている。ETは使い捨て型で、使用後は大気圏再突入される。したがってスペースシャトルは完全再使用型ではなく一部使い捨て型のロケットとなる。
 全長45.5メートル、外径約3.7メートルのSRBは、1個約504トンの固体推進剤を積み、約2分間で燃焼が終わる。SRB(2基)は再使用型で、落下傘で海上に落下後、回収され、再利用される。[久保園晃]

スペースシャトルの飛行サイクル

スペースシャトル1回の飛行サイクルをみると、まず離昇時約2020トンのシャトルは、合計3140トンの推力で垂直に離昇したのち、約2分後には用済みのSRBを、また約8分後にはETをそれぞれ分離する。身軽となったOVは慣性飛行を続け、OMSエンジンを2~4回用いて、発射後約45分で所定の地球低軌道(標準的高度280キロメートル)に投入される。こののち、OVは積荷室の観音開き扉を開け、人工衛星などを他の高軌道へ投入したり、スペースラブ(有人宇宙実験室)という与圧モジュール内で搭乗科学技術者(ペイロードスペシャリスト)らによる各種宇宙実験・観測などを実施する。その後、彼らはキャビンに戻り、扉を閉めて、着陸1時間前には、OVの向きを逆にしてOMSエンジンに点火して減速し、完全自動飛行管制システムによって大気圏に再突入する。目標着陸点までのOVのもつエネルギー(高度、速度)をリアルタイムで制御するシステム(TAEM)によって、所定の飛行場に約20度の滑空角(通常のジェット旅客機の約7倍の急角度)で接近し、接地約15秒前に前脚と主脚を出して時速約350キロメートルで接地し、1飛行あたり約2週間の飛行サイクルを終了する。
 OVは約100回、SRBはパラシュートで海上に落下、回収後、再生されて約20回再使用されるが、ETは分離後は使い捨てになっている。シャトル運航ピーク時には、1機のOVが着陸して次の飛行までの地上整備期間(ターンアラウンドタイム)を約6週間(当初の計画では約2週間)とすることが、シャトルの低コスト打上げのポイントになっていたが、現実には2か月ほどかかっている。[久保園晃]

スペースシャトル開発の体制と経緯

アメリカは、宇宙開発・活動のリーダーシップをとり、かつ使い捨て型ロケットの高コストに対する批判などに対処するため、アポロ計画の後半ごろからNASAを中心として、再使用型STSの可能性を検討し、とくに資金面の制約から国防総省との共同開発体制がとられたという背景のもとで、1972年からスペースシャトル計画の開発に着手した。当初のNASA資金は約52億ドル(1972年アメリカ会計年度推定)であったが、4回のテスト飛行終了後は約100億ドルと倍増した。
 スペースシャトル開発プログラムの全体統括はNASA本部の宇宙輸送システム局が、そしてシャトル開発の実施はジョンソン宇宙センター(テキサス州ヒューストン)のスペースシャトルプログラム・オフィスがそれぞれ責任をもって、他のNASAフィールドセンター、全米にわたる航空宇宙会社(約三百数十社と契約)との開発管理を行った。おもな契約社は、OVの主契約がロックウェル・インターナショナル社(RIC)の宇宙システム事業部、SSMEが同社ロケットダイン事業部、ETがマーチン・マリエッタ社(MMC)、SRBは、主契約がサイアコール社(TCC)、構造体がマクダネル・ダグラス社(MDAC)、組立て・点検・打上げ修理がユナイテッド・ブースター社、またOVのTPSがロッキード・ミサイルスペース社などである。さらにシャトル開発の国際協力の一環として、カナダ政府は遠隔操作システム(RMS。OVの荷物室内の腕ロボット、契約社スパーエアロスペース社)、ESA(ヨーロッパ宇宙機関)は宇宙実験室スペースラブ(ドイツERNO社など)を、それぞれ自己資金によりNASAとの技術調整のもとで開発し、NASAに納入後はNASAの運用権下で運用されている。なお、開発前にNASAより日本にも参加打診があったが、当時の日本の宇宙開発は立上がり時期にあり、資金面にも問題があって断った。いずれシャトル運航時代には利用したいと返答した経緯があったが、その後、第一次材料実験(FMPT=ふわっと'92、毛利衛(もうりまもる)搭乗)をはじめとして日本人宇宙飛行士による多くの宇宙実験ミッションが行われ、日本も有人宇宙技術を習得しつつある。[久保園晃]

軌道飛行テスト

スペースシャトル計画は、1979年、ジャンボ機に搭載された「エンタープライズ号」(OV-101)のカリフォルニア州エドワード空軍基地における滑空・着陸テストまでは比較的順調に進んでいた。しかしその後のSSMEの地上燃焼テストの相次ぐトラブル(配管・ポンプなどからのリーク、タービン羽根の破損、火災など)および初飛行用「コロンビア号」のTPSシリカタイルの接着不良、強度不足による再試験、高密度化タイルの交換、強度テストなどによって大幅なスケジュールの遅れが発生し、これらの技術的トラブル解決と資金追加の悪循環によって、初飛行(当初は1979年3月予定)が1981年4月12日となり約2年も遅れてしまった。シャトル開発は、軌道飛行テスト(OFT)計画とよばれるコロンビア号による4回のフライトテストの達成で完了したが、総開発費は当初見込みの約2倍以上となり、一方、開発期間も当初の8年間から10年間に延長された。
 なお、軌道飛行テスト計画とは、シャトルという飛行体のみでなく、シャトル運用上必要な打上げ着陸施設、有人飛行ミッション管制センター(MCC、JSC)とペイロード運用管制センター(POCC、JSC)などを含む地上支援設備・施設のハードウェア、コンピュータプログラム、作業手順、飛行プランなどのソフトウェアならびに宇宙飛行士、地上管制官、各種要員までを含むマン・マシン・システムの総合飛行テストのことであり、それらの評価を行ったうえで、運航開始となった。[久保園晃]

打上げと着陸場

シャトル打上げ射場は、現在、東海岸のNASAケネディ宇宙センター(フロリダ州)が運用されている。2番目の射場が、国防総省予算により西海岸のバンデンバーグ空軍基地(カリフォルニア州)内に建設されたが、経費面から見直しが行われ、東海岸のみで運航とするNASAの方針で中断となった。なお、着陸場としては、軌道飛行テストの初めの3回まではカリフォルニア州エドワーズ空軍基地が、4回以降はケネディ宇宙センターが用いられ、以降は原則として打上げ・着陸ともケネディ宇宙センターで運航されている。
 軌道船オービタ(OV)は、OV-102(コロンビア号)、OV-099(チャレンジャー号)、OV-103(ディスカバリー号)およびOV-104(アトランティス号)の4機であったが、チャレンジャー号は1986年1月28日事故で失われた。その後、OV-105(エンデバー号)が1992年5月より就航、ふたたび4機体制となったが、2003年2月1日、コロンビア号が事故により失われ、3機体制となった。[久保園晃]

チャレンジャー号の事故から飛行再開へ

シャトル飛行については、1985年12月末で23回行われた(1981年2回、1982年3回、1983年4回、1984年5回、1985年9回)が、タイルのはがれ、機上汎用(はんよう)コンピュータなどの飛行前・中のトラブルによって、当初の飛行回数見込みを大幅に下回ってしまった。NASAは、1986年以後は着実に飛行回数を増して、1987年にはオービタ4機を、東西海岸両基地を用いて年間24回打ち上げることを目標としていた。しかし、1986年1月28日、民間人から選ばれた女性教師クリスタ・マコーリフら7名を乗せたチャレンジャー号が打上げ後1分13秒で爆発、乗員全員死亡という大事故が発生、運航が凍結された。大統領事故調査委員会によって、事故原因は、右側の固体ロケットブースター構造体の継ぎ目の設計不良および当時のNASAのスケジュール至上主義による打上げ管理体制、ならびにそのために現場からの報告を無視して強引な打上げを行ったためとされた。苦境に立ったNASAと関連メーカーなどは、勧告された改善項目の数百件をおおむね達成したうえで、約2年8か月間の空白の後、1988年9月29日、ディスカバリー号によってシャトル再飛行に成功した。しかしシャトルは製作工程、打上げ作業も複雑であり、帰還後の次回打上げまでの期間(ターンアラウンドタイム)が計画当初予定の2週間を大幅に超過したため、再利用および有人宇宙船としての打上げ経費の有利性は消えてしまい、デルタ、アトラスおよびタイタンの使い捨てロケットの再登場を余儀なくされたのであった。
 チャレンジャー号の事故以降、宇宙ビジネスの筆頭である商業通信衛星などの打上げは、シャトルからヨーロッパのアリアンロケットやアメリカのデルタ、アトラス、タイタンロケットや中国の長征ロケットなどに市場転換している。それでもシャトルならではの軌道上での衛星放出や回収、スペースラブ、そして国際宇宙ステーションの建設機材打上げ用として、シャトルは当時のオービタ(OV)4機体制で、21世紀初頭(2010年ごろ)までは年数回の飛行ペースで、おもに国際宇宙ステーション計画の打上げ機として運航されることとされた。
 シャトル通算83回目の飛行にあたるコロンビア号飛行成功時(1997年4月4日~4月8日)で通算飛行時間は683日7時間57分を記録したが、初飛行以来約15年間と83回もの飛行を要したのである。[久保園晃]

打上げ記録

(1)飛行回数は、コロンビア号28回、チャレンジャー号10回、ディスカバリー号34回、アトランティス号28回、エンデバー号20回の計120回(2007年11月現在)。以下、打ち上げられたシャトルの飛行実績を示す。
(2)打ち上げた人工衛星は通信衛星など38個、惑星探査機(マゼラン、ユリシーズ、ガリレオ、ハッブル宇宙望遠鏡、チャンドラX線望遠鏡など)9個、国防衛星10個の計57個で、回収した衛星は4個、ハッブルの修理3回。
(3)スペースラブの打上げは36回。このなかには1992年9月12日に打ち上げられ8日間の飛行後に帰還した第一次材料実験計画(FMPT)「ふわっと'92」があり、日本初のシャトル搭乗科学者(PS)毛利衛が日米の材料実験22、ライフサイエンス実験12の計34件の宇宙実験を行った。
(4)フリーフライヤ(長期滞在曝露(ばくろ)実験衛星LDEF、ユーレカなど)は10個を放出・回収、SFU(日本の宇宙実験・観測フリーフライヤ、1995年3月18日、種子島(たねがしま)宇宙センターからH-ロケットで「ひまわり5号」とともに打上げ)1個を回収した。
(5)国際宇宙ステーションのシャトルによる組立ては11回、シャトルによる補給は3回。さらにロシアのロケットによる組立て・補給は計15回である。
 なお、1994年7月打上げのコロンビア号には向井千秋(むかいちあき)がアジア初の女性飛行士(PS)として搭乗、続いて1996年1月のエンデバー号打上げには、若田光一が日本初のミッションスペシャリスト(MS)として搭乗し、SFUの回収に成功した。1997年11月のコロンビア号打上げでは、土井隆雄(どいたかお)が同じくMSとして搭乗し、NASAのフリーフライヤ衛星(スパルタン)の放出・回収や日本人初の船外活動(EVA)を行った。その後、1998年10月のディスカバリー号打上げでは向井PSが、さらに2000年2月のエンデバー号打上げでは毛利MSがそれぞれ2回目のシャトル飛行を行った。向井PS2回目の飛行には、当時77歳でアメリカ上院議員のジョン・グレンJohn Hershel Glenn, Jr.(1921―2016)が史上最高齢の宇宙飛行士(PS)として搭乗した。グレンは1962年フレンドシップ7号で宇宙飛行を経験しており、36年7か月ぶりの2回目の宇宙飛行は話題となった。2005年7月打上げのディスカバリー号には野口聡一(そういち)がMSとして搭乗、シャトル機体損傷の点検やISSの姿勢制御装置の交換等を行った。
 2011年2月現在、シャトルは通算134回の打上げで計画を打ち切ることになっている。[久保園晃]

スペースシャトルの利用法、飛行状況

NASAは1977年、STSユーザーハンドブックシリーズを発行し、内外の潜在的ユーザーに配布するとともにシャトルユーザー獲得のキャンペーンを行っている。シャトルを利用したいユーザー機関は自分のペイロード開発計画をたて、打上げ希望時期の3年前にNASA本部へ予約金(人工衛星は10万ドル、スペースラブは15万ドル、小型自蔵式ペイロードは500ドル)を添えて申し込む。そののちNASA側とシャトルおよびそのキャリア(上段ロケット部やスペースラブなど)との技術的インターフェースや打上げ運用などについての技術面のみならず、打上げ契約の種々の法制上の交渉を行う。そして自分のペイロードを開発し、NASAの技術審査(とくにペイロード安全性は厳しい)を受け、打上げ基地に搬入したうえ、NASAの運用権下での各種インテグレーション段階を経て、必要ならばユーザー機関側のPSを搭乗させて、打上げ、ミッション運用となる。一方、打上げ3年前までには、打上げ運用に関するNASAと政府機関との了解覚書(MOU)、打上げ契約書(LSA)の締結を双方で行ったうえ、打上げまでに見積り価格の先行分割支払いを行う必要がある。シャトル打上げ業務は標準とオプショナルとに分けられ、正確な見積り価格はNASAとの交渉結果としての契約書締結時に明確となる。
 参考としてシャトル標準業務としての外国ユーザーに対する打上げ経費をみてみる(1982年米ドルベース)と、第1期(1985年9月まで)が3800万ドル、第2期(1985年10月より3年間)が7100万ドル、第3期(1988年10月より3年間)が7400万ドルとなっている。なお、これはいずれも標準満載時の経費である。一部に乗せる相乗りの場合は、満載時に対する重量・容積の割合(ペイロード積載係数)に応じて自分の負担費が出る。2010年現在、NASAは先着順法をとっており、公平なシャトル利用制を図っているが、国防総省のものが優先される。
 このようにしてNASAは、予約金と正式申込書を受けたユーザーのペイロードを打ち上げるシャトル飛行予定を、原則として四半期ごとに正式のSTS飛行割当て文書として発行、維持改訂している。
 しかし、多大な成果をあげてきたスペースシャトルはブッシュ大統領の政策により、2011年度に退役することとなった。現在、後継機の大型ロケットを検討中である。[久保園晃]

スペースシャトル運航に関する法制上の問題点

シャトルの技術開発、およびユーザー獲得というマーケット開拓の両面と併行して、NASAは1977年にシャトルの内外ユーザーに対する人工衛星などの打上げ業務の実費支弁契約、そして1979年にはNASA等と大学・民間による共同プロジェクトのアメリカ国内適用法などの官報を10件ほど発布しており、その後も付帯する法制面上の詳細な検討が行われ改正されている。とくにコマーシャルベース上からは、1958年発効のNASA法に抵触するような次のような多くの問題点が現れた。
(1)通信衛星(インテルサット、RCA、ATT、WU、SBSなど)のユーザー負担打上げ費の、インフレなどによる値上りや再飛行保証
(2)打上げ予定日の優先権と変更などのNASAの一方的通告
(3)ペイロード内容の吟味、選択法(宇宙葬儀、記念品や通貨、芸術家、ニュース解説者、一般人の宇宙旅行など)
(4)NASAの運航権限(現行の国内法や国際条約に違反しないか、現行法ではNASAの商業ベースでのシャトル運行は不可であり、かつ現行NASA法では、打上げ成功・失敗に対し契約上の債務のないこと、NASAは運送業者でありえないこと、NASAはただ最善の努力はすることなどが規定されている)
(5)NASAは打上げ順位を無差別待遇とするため先着申込み制をとっているが、権利競売はどうなるか
(6)今後だれがシャトルを運航するのか、民間会社のシャトル買取りの問題
(7)危険、賠償責任と保険(ユーザー間の相乗りペイロードの相互権利放棄、第三者賠償保険)
(8)アメリカ国内産業界の事業参加(特許権や共同事業協定による無料飛行など)の見直し
 とくに、ESAが開発・運用中のアリアンロケット・シリーズは、アリアンスペース社によって商業活動が行われており、ヨーロッパのユーザーの人工衛星はもちろん、スペースシャトルのユーザーの人工衛星までも受注して打ち上げている。そのためアメリカとしても、今後、スペースシャトルの商業運営に大きな見直しをすることになり、商業利用のシャトル打上げをある程度保ったのである。その結果、NASAの人件費などの削減が行われ、1996年からは実務が民営化され、ユナイテッド・スペース・アライアンス社(USA)が打上げ関係業務を委託契約で行っている。このような法制面の問題を抱えながらNASAは2011年のシャトル退役に向かうことになった。[久保園晃]
『デービッド・シャプランド、マイケル・ライクロフト著、毛利衛・魚崎浩平訳『スペースラブ――宇宙にうかぶ実験室』(1986・旺文社) ▽イアン・グレアム著、野口常夫訳『メカニック大図解3 スペースシャトル』(1991・福武書店) ▽サリー・ライド、スーザン・オーキー著、上田悦子訳『スペース・シャトル宇宙へ』(1992・偕成社) ▽柴田三雄著『宇宙からの授業』(1993・講談社) ▽若田光一著『つかめ未来を――スペースシャトル 宇宙の旅 完全報告』(1996・教育社) ▽沢岡昭著『衝撃のスペースシャトル事故調査報告――NASAは組織文化を変えられるか』(2004・中央労働災害防止協会) ▽毛利衛著『宇宙実験レポート from U.S.A.――スペースシャトル・エンデバーの旅』(講談社文庫) ▽マイク・ミュレイン著、金子浩訳『宇宙からオーロラは見えるの?――宇宙飛行士が答える380の質問』(ハヤカワ文庫) ▽松浦晋也著『スペースシャトルの落日』増補版(ちくま文庫)』

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世界大百科事典内のスペースシャトルの言及

【打上げ軌道】より

…一般に,発射場では安全上の観点から打上げ方位が制限されており,各段ロケットの落下点とあわせて考慮されねばならない。スペースシャトルを例にとるとシャトルは主エンジン(SSME),2基の固体ブースター(SRB),軌道操縦装置用エンジン(OMS)からなり,SSMEとSRBを同時に点火して垂直に離陸する。5秒後に機軸を傾けて軌道をねかせはじめ,発射約2分後に使用済みのSRBを高度45kmで分離する。…

【宇宙開発】より

…1973年に打ち上げられ,科学実験を数多く遂行した後,79年にオーストラリア南西部に落下した。 1975年にはアメリカのアポロ宇宙船とソ連のソユーズ宇宙船によるアポロ・ソユーズ共同飛行が行われたが,この時点を境として,アメリカはそれまでの使い捨てのロケットから再使用可能なスペースシャトルの利用への転換を目ざし,打上げロケットを全面的にこれにおきかえるとともに,宇宙空間における活動もスペースシャトルを積極的に利用するという方向づけを行った。すなわち,スペースシャトルはこれまでのロケットのように人工衛星を直接打ち上げるだけでなく,宇宙ステーション建設のための資材の運搬,宇宙ステーションと地球との連絡,宇宙環境における科学実験などを行うスペースラブの搭載およびこれとの組合せによる運用など幅広い利用を目ざしたものである。…

【スペースラブ】より

…スペースシャトルの荷物室の中に搭載される宇宙実験室。Spacelabはspace laboratoryを略して作られた愛称。…

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四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

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