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スラト Surat

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スラト
Surat

インド西部,グジャラート州南東部の都市。カンベイ湾に注ぐタプティ川河口付近に位置。古くから貿易港として繁栄し,16世紀にはムガル帝国の重要な港湾であった。 16世紀末にはポルトガルが支配し,1612年イギリス東インド会社がインド最初の商館を設置。人口は 17世紀末に 80万を数えたが,西岸の貿易がボンベイ (1995ムンバイに改称) に集中してから衰微。その後,州有数の工業都市として再興し,綿工業,製紙,製氷,精米,絹製品,貴金属製品,木工品,カーペット,日用品の諸工業が盛ん。繊維製品の大取引所がある。グジャラート大学のカレッジがあり,州東部の文化の中心地。ムンバイ-デリー間の幹線鉄道が通じる。人口 243万 3787 (2001) 。

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デジタル大辞泉の解説

スラト(Surat)

インド西部、グジャラート州の都市。アラビア海のカンバート湾に注ぐタプティ川の河口付近に位置し、港湾をもつ。ムガル帝国時代、貿易港として繁栄、17世紀後半は英国東インド会社の本拠地。人口、行政区243万、都市圏281万(2001)。スーラト

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百科事典マイペディアの解説

スラト

インド西部,グジャラート州南端のカンバト湾東岸,タープティ川河口の港湾都市。鉄道・商業の要地。絹の紋織象嵌(ぞうがん)細工などの手工芸品を産し,繊維工業が行われる。

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世界大百科事典 第2版の解説

スラト【Surat】

インド西部,グジャラート州南部のカンバト湾沿いの港市。人口150万(1991)。タープティ河口部に位置し,同河谷を通じて内陸の主要交通路と結ばれる。1512年にポルトガル人が来攻し,73年にアクバル大帝が攻略してから,ムガル帝国第一の貿易港,またメッカ巡礼門戸として栄えた。1612年にはイギリス東インド会社の最初の商館が設置され,87年にボンベイに移るまで同会社のインドにおける拠点となった。当時はキャラコなどの綿布綿糸を輸出した。

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大辞林 第三版の解説

スラト【Surat】

〔スーラトとも〕 インド北西岸のアラビア海に臨む港湾都市。綿工業が発達。一七世紀、ムガル帝国時代に商業・貿易都市として繁栄。

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