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セミノール セミノール seminole

翻訳|seminole

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デジタル大辞泉の解説

セミノール(seminole)

オレンジの一種。果皮は赤みが強く、果実はやや小さく甘酸っぱい

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デジタル大辞泉プラスの解説

セミノール

大分県で生産される柑橘類。実の大きさは180g前後、果皮は赤っぽい橙色で、糖度は12度前後と甘い。アメリカでダンシー・タンジェリンとダンカングレープフルーツとの交配により育成されたものを1950年代に導入。市場では「サンクイーン」の商標名で流通する。

出典|小学館
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

セミノール
せみのーる
Seminole

アメリカ合衆国フロリダ半島を原住地とするマスコギー語族に属する北米先住民(アメリカ・インディアン)。その名はスペイン語の「シマロンCimaron」(家畜化されたが野山に逃げて野生状態にある動物の意)に由来するとされ、自称はミコスキー語で「ヤルキティセイYalkitisei」、マスコギー語で「イスティカティIsticati」で、いずれも「赤い人びと」の意。彼らの母語はマスコギー語であり、ミコスキー語はその一部。
 17世紀末から18世紀前半にかけて、カロライナのチャールストンの白人交易商グループが、近隣の先住民に対し奴隷狩り戦争をしかけた。また、旧大陸から白人が伝染病をもち込んだ。そのため先住民がほぼ全滅して「真空地帯」となったフロリダに、敗北した先住民グループの生存者が移り住み、連合して形成した民族グループがセミノールである。クリークの一分派を核に構成され、ヤマシー、ユーチ、ティムクワなどのグループからなる。
 19世紀に入って合衆国南部の黒人奴隷制度からの逃亡奴隷をセミノールが受け入れたため、奴隷主の勢力はフロリダ北部の豊かなセミノール領の土地を奪い、同時にそこに築かれた逃亡奴隷の「天国」を掃滅しようと企て、1816~18年にアンドルー・ジャクソンを司令官とする連邦軍と民兵軍を派遣した。セミノールと逃亡奴隷は共同してこれに抵抗し善戦した(第一次セミノール戦争)。1835~42年にかけて、指導者オセオーラの逮捕・投獄を機に、セミノールと黒人奴隷との混血の人々は、連邦政府の強制移住政策を強制執行するために侵入してきた連邦軍とふたたび戦った(第二次セミノール戦争)。8年間にわたったこの戦争で合衆国側が失った人命と戦費は莫大(ばくだい)であった。この戦争中と戦後に、多くのセミノールと黒人との混血の人々は、移住政策を受け入れてオクラホマに移った。
 彼らの子孫は今日、オクラホマ中央部の草原にセミノール・ネイション・オブ・オクラホマを設立し、ほとんど全員がマスコギー語と英語の双方を使い、伝統的な南東部先住民の生活様式の多くを維持して暮らしている。その人口は6432人でセミノール全人口1万5564人(1990)の41%を占めている。一方、第二次セミノール戦争中追跡されてフロリダ半島南部の沼沢地に逃げ込んだセミノールの一部は、合衆国のさらなる追撃(1855~56年の第三次セミノール戦争)を振り切って約200人が沼沢地の奥に逃げ込み、その子孫は昔ながらの生活様式を維持してきた。1930年代に急増した白人とのトラブルを避けるため政府は三つの保留地を設けたが、さらに60年代にはミコスキー保留地を増設した。フロリダ州のセミノールの人口は2680人で、彼らは農業と牧畜と観光事業をおもな収入源とし、精霊信仰を守る一方、キリスト教とくにバプティスト派に多くが属している。[富田虎男]
『ウィリアム・ハートレー、エレン・ハートレー著、鈴木主税訳『征服されざる人びと――酋長オセオーラとセミノール・インディアン』(1973・現代史出版会) ▽富田虎男著『アメリカ・インディアンの歴史』第3版(1997・雄山閣)』

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