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ソアレス ソアレス Soares dos Reis Antonio

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ソアレス
ソアレス
Soares dos Reis Antonio

[生]1847.10.14. サオクリストバオ
[没]1889.2.16.
ポルトガルの彫刻家。ボルト美術学校で学んだのち,パリ,ローマに留学。のち母校の教師をつとめ,42歳で自殺。

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ソアレス
ソアレス
Soares, Mário Alberto Nobre Lopes

[生]1924.12.7. リスボン
ポルトガルの政治家。リスボン大学卒業後,パリ大学へ留学。帰国後弁護士を開業,政治活動を行い,政治裁判などでも活躍。 1958年 H.デルガド大統領候補を支援して A.サラザール独裁政権ににらまれ,61年アフリカのギネア湾にあるサントーメ・プリンシペ諸島に追放された。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ソアレス
そあれす
Mrio Soares
(1924― )

ポルトガルの政治家。歴史家としても活躍した。リスボン大学で法学を学んだのち反サラザール運動に身を投じ何度も投獄された。1970年に国外亡命し、1973年にフランスポルトガル社会党を結成して書記長に就任した。1974年4月の国軍クーデターポルトガル革命)ののち帰国し、同年臨時政府の外相となり、海外植民地との困難な独立交渉にあたった。共産党と同調する国軍幹部と対立して一時野に下ったが、のち復活して首相(1976~1978、1983~1985)を務め、経済危機に取り組んだ。1986年2月、左翼統一候補として大統領に選ばれ、1990年に大差で再選。1996年まで務める。1993年(平成5)に国賓として来日。[平瀬徹也]

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