ソアレス(英語表記)Soares dos Reis Antonio

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ソアレス
Soares dos Reis Antonio

[生]1847.10.14. サオクリストバオ
[没]1889.2.16.
ポルトガルの彫刻家ボルトの美術学校で学んだのち,パリ,ローマに留学。のち母校の教師をつとめ,42歳で自殺。

ソアレス
Soares, Mário Alberto Nobre Lopes

[生]1924.12.7. リスボン
[没]2017.1.7. リスボン
ポルトガルの政治家。首相(在任 1976~78,1983~85),大統領(在任 1986~96)。リスボン大学卒業後,パリ大学へ留学。帰国後弁護士を開業,政治活動を行ない,政治裁判などでも活躍。1958年ウンベルト・デルガド大統領候補を支援してアントニオ・デ・オリベイラ・サラザール独裁政権ににらまれ,1961年サントーメ・プリンシペに追放された。1968年マルセロ・カエターノ政権の誕生で帰国を許されたが,1970年政府批判の講演旅行が政府の怒りを買い,入獄か亡命かを迫られ,フランスに亡命。1973年ドイツ連邦共和国(西ドイツ)でポルトガル社会党を結成,1974年4月の国軍クーデター後帰国,臨時革命政府の外務大臣に就任。1975年暫定内閣首相。1976年4月総選挙で社会党を第一党に導き,アントニオ・エアネス大統領から首相に任命され,中道左派の連立内閣を組織。1978年7月連立与党と政策で対立,首相辞任。1986年,60年ぶりとなる文民出身の大統領に就任。1991年再選を果たし,1996年まで合わせて 2期を務め,ポルトガルの民主化促進の基盤を築いた。(→ポルトガル史

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ソアレス
そあれす
Mrio Soares
(1924―2017)

ポルトガルの政治家。歴史家としても活躍した。リスボン大学で法学を学んだのち反サラザール運動に身を投じ何度も投獄された。1970年に国外亡命し、1973年にフランスでポルトガル社会党を結成して書記長に就任した。1974年4月の国軍クーデター(ポルトガル革命)ののち帰国し、同年臨時政府の外相となり、海外植民地との困難な独立交渉にあたった。共産党と同調する国軍幹部と対立して一時野に下ったが、のち復活して首相(1976~1978、1983~1985)を務め、経済危機に取り組んだ。1986年2月、左翼統一候補として大統領に選ばれ、1990年に大差で再選。1996年まで務める。1993年(平成5)に国賓として来日。[平瀬徹也]

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