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ソルジェニーツィン Solzhenitsyn, Aleksandr Isaevich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ソルジェニーツィン
Solzhenitsyn, Aleksandr Isaevich

[生]1918.12.11. キスロボツク
[没]2008.8.3. モスクワ近郊トロイツェリュコボ
ロシアの小説家,歴史家。コサックのインテリ一家に生まれた。ロストフ大学で数学の学士号を取得,モスクワ大学の通信教育で文学を学んだ。ソビエト連邦が第2次世界大戦に参戦すると召集され,戦功により勲章を授けられたが,終戦の直前にヨシフ・スターリンを批判した疑いで告発され,収容所(ラーゲリ)に送られた。1956年のスターリン批判のあと釈放され,翌 1957年正式に名誉を回復,本格的な創作活動を始めた。第一作『イワン・デニーソヴィチの一日』Odin den iz zhizni lvana Denisovicha(1962)で一躍文名を高め,『クレチェトフカ駅の出来事』Sluchai na stantsii Krechetovka(1963),『マトリョーナの家』Matrënin dvor(1963)など,ソ連社会の矛盾をついた先鋭な主題をもった作品で世界的な注目を浴びた。ところが反体制的な言動のため,1966年以後国内で作品発表ができなくなり,長編小説『ガン病棟』Rakovy korpus(1968),『煉獄のなかで』V kruge pervom (1968)などの作品が次々に国外で出版された。そのため作家同盟を除名されたが,1970年にはノーベル文学賞を受賞した。長編『1914年8月』Avgust 1914(1971)も国外で出版,1973年にはパリで『収容所群島』Arkhipelag Gulag 1巻を発表,ソ連 50年の陰の歴史,ラーゲリに照明をあて,ソ連当局を徹底的に批判した。そのため 1974年国外追放となり,一時スイスに滞在したが,その後アメリカ合衆国に移った。この間『収容所群島』の 2巻と 3巻,自伝的作品『仔牛が樫の木に角突いた』Bodalsya telyonok s dubom(1975),『チューリヒのレーニン』Lenin v Tsyurikhe: glavy(1975)を発表した。ソ連がグラスノスチを導入後,国内でも作品が解禁され,1990年正式に市民権を回復した。1994年5月,20年ぶりにロシアへの帰国を果たした。

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デジタル大辞泉の解説

ソルジェニーツィン(Aleksandr Isaevich Solzhenitsïn)

[1918~2008]ソ連・ロシアの小説家。スターリニズムおよびソビエト政府に批判的な作品を発表。1970年ノーベル文学賞受賞。1974年に国外追放されたが、1994年帰国。作「イワン=デニーソビッチの一日」「ガン病棟」「収容所群島」など。

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百科事典マイペディアの解説

ソルジェニーツィン

ロシア(ソ連)の作家。カフカス生まれ。ロストフ大学物理数学科卒。1945年砲兵大尉として従軍中,政治的告発を受け10年間の流刑生活を送る。その体験をもとに中編《イワン・デニーソビチの一日》を1962年に発表し,世界的に有名になる。
→関連項目ビシネフスカヤロストロポービチ

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世界大百科事典 第2版の解説

ソルジェニーツィン【Aleksandr Isaevich Solzhenitsyn】

1918‐
ロシアの作家。カフカスのキスロボーツク市に生まれた。父は事故のために,生まれる半年前に死亡し,信心深い祖父母と母のもとで成長した。幼年時代にドン河畔ロストフ市に移り,ロストフ大学の物理・数学科に学んだ。この間モスクワの歴史・哲学・文学大学の通信学生となって文学を専攻した。また,後のモスクワ演劇界の大御所ザワツキーのもとで俳優修業を始めたが,発声に問題があって,俳優への道は断念したという。後年,収容所の中でも俳優を志願したことがあるが,それも実現しなかった。

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大辞林 第三版の解説

ソルジェニーツィン【Aleksandr Isaevich Solzhenitsyn】

1918~2008) ロシア連邦の小説家。人間性の回復を追求した、ソ連共産党の独裁体制批判の作品群で知られる。1974年国外追放後はアメリカに住み、94年ロシアに帰国した。スターリン時代の強制収容所の実態を描いた「イワン=デニーソビチの一日」のほか、「ガン病棟」「煉獄のなかで」「収容所群島」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ソルジェニーツィン
そるじぇにーつぃん

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世界大百科事典内のソルジェニーツィンの言及

【異論派】より

…その意味では異論派は70年代に最終的に成立したということができる。 異論派の最大の著作,ロイ・メドベージェフRoi Aleksandrovich Medvedev(1925‐ )の《歴史の審判を求めて――スターリン主義の起源と結果》(邦訳《共産主義とはなにか》)とソルジェニーツィンの《収容所群島》全3部はそれぞれ72年と73年以降国外で出版された。2人の立場は対照的である。…

【収容所群島】より

…ロシアの作家ソルジェニーツィンの著書。《1918‐1956 文学的考察》の副題で1973‐76年にパリのYMCAプレス社から全3巻として刊行され,1973年2月に著者がソ連から国外追放となる直接のきっかけとなった。…

※「ソルジェニーツィン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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