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ダイアナ Diana

翻訳|Diana

デジタル大辞泉の解説

ダイアナ(Diana)

ローマ神話の女神ディアナの英語名。

ダイアナ(Diana Frances Spencer)

《称号Diana, Princess of Wales》[1961~1997]英国の元皇太子妃。後のスペンサー伯爵家の三女として生まれる。幼稚園に勤務したのち、1981年20歳でチャールズ皇太子と結婚、ウィリアム、ヘンリーの二人の王子を出産。1996年離婚が成立。離婚後も多くの慈善団体へ支援を行い、エイズや癌(がん)撲滅運動、地雷禁止運動などに積極的にかかわった。1997年パリで自動車事故死。

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百科事典マイペディアの解説

ダイアナ

英国の元皇太子妃。旧姓ダイアナ・フランシス・スペンサーDiana Frances Spencer。ケント州サンドリンガム近郊でオルソープ子爵(のち,スペンサー伯)の末娘として生まれる。
→関連項目摂食障害パパラッチ

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デジタル大辞泉プラスの解説

ダイアナ

カナダ出身のポピュラー・シンガー・ソングライター、ポール・アンカの曲。1955年に発表したデビュー曲で、全米第1位を獲得し、全世界中で累計1,000万枚以上を売り上げている。原題《Diana》。

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大辞林 第三版の解説

ダイアナ【Diana】

ローマ神話における樹木の女神ディアナ(Diana)の英語形。女性の守護神で、多産の神。古くからギリシャ神話の女神アルテミスと同一視されて狩猟・月の神とされる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ダイアナ

ディアナ」のページをご覧ください。

ダイアナ
Diana, Princess of Wales

[生]1961.7.1. イギリス,サンドリンガム
[没]1997.8.31. フランス,パリ
イギリス皇太子妃。オルソープ子爵(のちのスペンサー伯爵)の三女として生まれるが,両親の離婚後は父親のもとで育った。ノーフォーク,ケントの寄宿学校を卒業し,スイスでフィニッシング・スクールに通ったのち帰国。ロンドン近郊の幼稚園で保育士として働いていた 1981年2月にエリザベス2世の長男チャールズと婚約し,同年 7月29日にセント・ポール大聖堂で結婚式をあげた。1982年に長男ウィリアムが,1984年に二男ヘンリーが誕生。天性の魅力と王室の華やかなイメージによって国民の人気を集めた。恵まれない子供やエイズ患者などに対する福祉活動を熱心に行なう一方,結婚生活は破局に向かい,1992年に別居,1996年には正式に離婚した。その後も対人地雷禁止運動などを続けたが,1997年パリ市内で交通事故により死亡。

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367日誕生日大事典の解説

ダイアナ

生年月日:1961年7月1日
英国皇太子妃
1997年没

出典|日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について | 情報

世界大百科事典内のダイアナの言及

【アルテミス】より

…ギリシア神話の狩猟の女神,また月の女神。ローマ神話のディアナDiana(英語読みでダイアナ)にあたる。ゼウスとティタン神族のレトの娘で,アポロンの双生の妹。…

※「ダイアナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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