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ダホメー王国 ダホメーおうこく

百科事典マイペディアの解説

ダホメー王国【ダホメーおうこく】

現在のベナン共和国南部にかつて栄えたフォン族の王国。18世紀初頭に勢力を拡大,東のヨルバ族のオヨ王国と対立して敗れ一時属国化されたが,19世紀前半にオヨが衰えると支配から脱し隆盛を誇った。

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世界大百科事典 第2版の解説

ダホメーおうこく【ダホメー王国 Dahomey】

西アフリカ,ベニン共和国南部にあった王国。17世紀初頭から奴隷貿易と軍事力によって栄え,1894年フランスによって滅ぼされた。17世紀初頭ギニア湾岸に近いアラーダAlladaにあったアラーダ王国で3人の兄弟が王位を争ったが,その一人ド・アクリンが逃げて,現在のアボメーAbomeyにアボメー王国を建設し,これがダホメー王国の前身となった。17世紀後半ウェグバジャ王の代にダホメーと名を変えた。このころまでのダホメーは,いくつかの近隣諸国に朝貢させるだけの国であった。

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世界大百科事典内のダホメー王国の言及

【アフリカ】より

…15世紀ころに生まれたと推定されるダゴンバ,マンプルシ(いずれも現,ガーナ北部),モシ,グルマンチェ(いずれも現,オートボルタ)などがそれで,政治・軍事的首長と大地祭祀をつかさどる先住民の長老との二元的構造が特徴的である。西アフリカのサバンナの南の海岸部では,これよりおそく17~18世紀に,ヤムイモ農耕民の首長連合が基礎になって,アシャンティ王国(現,ガーナ中部),ナイジェリア南西部のヨルバ文化の影響を受けながらも,軍事的性格の強いダホメー王国(現,ベニン)が生まれた。西アフリカのこの地帯の海岸は,アメリカ向けの奴隷が多く積み出されたところであるが,ダホメー王国では,恒常化された活動だった近隣部族に対する襲撃によって得た捕虜を,ヨーロッパ商人に奴隷として売ることが重要な収入源になっていた。…

【オヨ王国】より

…この間にオヨは海岸地方と貿易ルートを失ったため,経済的基礎そのものも失った。西からはダホメー王国に,北東からはフラニ王国に攻撃されて,オヨは19世紀半ばまでには解体し,住民はその居住地域から四散してしまった。【井上 兼行】。…

【フォン族】より

…フォン語はエウェ語の方言で,言語の系統では,ヨルバ語,アカン語などと同じクワ語群に属する。フォン族は17世紀前半に内陸のアボメーを中心にアボメー王国を形成し,それがのちにダホメー王国に発展したことで知られている。生業は,ヤムイモ,雑穀,トウモロコシ,キャッサバなどの作物を栽培する農業である。…

【ベニン】より

…住民は大きく三つのグループに分かれる。かつてダホメー王国,ポルト・ノボ王国,アラーダ王国などを建設したフォン族が最大の勢力を誇り,アジャ族もそれに近縁である。南部にはまた,隣国のナイジェリアから浸透してきたヨルバ族も多く居住し,おもに商業に従事している。…

※「ダホメー王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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