チベットビルマ語派(読み)チベットビルマごは(英語表記)Tibeto-Burman

改訂新版 世界大百科事典 「チベットビルマ語派」の意味・わかりやすい解説

チベット・ビルマ語派 (チベットビルマごは)
Tibeto-Burman

中国のチベット西蔵)自治区,雲南,四川,甘粛,青海の各省のほか,ミャンマー,タイ北部,ネパール,インドの東北部,バングラデシュなど東アジアの西方地域に広く分布する言語群。漢字で蔵緬語派と書く。

シナ・チベット(漢蔵)語族に属し,数個の語群,さらに語系に細分されるが,その分類にはまだ定説がない。かりに五つの語群と下位語系に分類し,代表言語とおもな分布地を以下にあげる。

(1)チベット語

 (a)チベット語系 チベット自治区,四川・甘粛・青海省などに分布するチベット語には,中央部・東北部・東部・西部・南部の五大方言がある。

 (b)ギャロン(嘉戎)語系 四川省北部に分布,五方言が知られる。

 (c)チャン(羌)語系 四川省北部に分布し,南・北方言に分かれるチャン語のほかにプミ(普米)語がある。

 (d)ヒマラヤ語系 ネパールに分布,グルン語,カム語,マガール語,ライ語,リンブ語が各派を代表する。

(2)ロロ・ビルマ語群

 (a)ビルマ語系 ビルマ語は,中央部・西南部・東南部・東部の四大方言に分類され,ほかにマル語(またはランス(浪速)語),ラシ語(またはラチ(喇期)語),アチ語(またはツァイワ(載瓦)語)がある。

 (b)アカ語系 シャン州とタイ国北部に分布するアカ語は,雲南省ハニ(哈尼)語,タイ国北部のビス語,ラオスのプノイ語に近い。

 (c)イ(彝)語 雲南・四川・貴州省に分布,北部・東部・南部・西部・東南部・中部の6方言に分けられる。

 (d)リス(傈僳)語系 雲南省,カチン州,シャン州,タイ国北部に分布するリス語とラフ(拉祜)語などがある。

 (e)ナシ(納西)語系 雲南省西北部で話され,口語音と読書音がある。

 (f)ミ語系 11世紀から13世紀に河西地域に建てられた西夏国の公用語西夏語のほか,現在四川省で話されるミニャック(木雅)語が属する。

 (g)シファン(西番)語系 四川省涼山イ族自治州のアルス(爾蘇)語,ドス(多続)語,ナムイ(納木依)語など。

 (h)カチン(景頗)語系 ミャンマーのカチン州と雲南省に分布。

 (i)ヌン語系 カチン州のヌン語と雲南省東北部のトールン(独竜)語に大別できる。

(3)チン語群(〈チン〉州,〈チン族〉などの項もあわせて参照)

 (a)北方チン語系 マニプル州のシイン語,タド語が中心。

 (b)中央チン語系 チン高地の共通語ルシャイ語のほかライ語など。

 (c)古クーキ語系 ティペラ高地などに分布するランコール語。

 (d)南方チン語系 キミ語,キャン語。

 (e)メイテェイ語系 マニプル州全域とアッサム州に分布。

(4)ボド・ナガ語

 (a)ボド語系 アッサム州と西ベンガル州に分布するボド語は,西部,中央部,南部の3方言に分かれる。

 (b)ナガ語系 アンガーミ・ナガ語はアッサム州,タンクール・ナガ語はマニプル州で話されるほか多くの方言がある。

(5)北アッサム語群

 (a)アボル・ミリ・ダフラ語系と(b)ミシュミ語系の2群に分けうるが,両者が祖形でつながるか否かは不明である。

 このほか後漢書に記録される白浪語や,8世紀にビルマ(現,ミャンマー)北部にピュー(驃)国を建てたピュー族の言語などの死語もある。また湖南省のトゥチャ(土家)語や,ルイ語群として一括される言語群がこの語派に属すると提唱されるが,未知の部分を多く含んでいる。

この語派の言語は単音節を主体とし,すべて主語・目的語・動詞の語順をとり,大きく2類型に分けると,動詞が主語や目的語の照応形をともなう型(複雑型)とそれをもたない型(単純型)になる。ギャロン語,チャン語,プミ語,チン系言語,ネパールのカム語,トルン語などは複雑型で,チベット語やロロ・ビルマ系言語は単純型に属する。たぶん複雑型から単純型に移動したものと考えられる。チン系言語はとくに重要で,ティディム・チン語などは口語形と文語形が構造上かなり相違しており,またルシャイ語が代表するように,動詞は2種類以上の形式をもって古い形態を保っている。

固有の文字をもつ言語は,チベット語,ビルマ語,メイテェイ語,ナシ語,イ語,西夏語,ピュー語に限られ,他は文字記録をもたず,その歴史は比較言語学による以外まったくわからない。20世紀前半からカチン語とチン語はローマ字(ラテン文字)で表記され,中国国内の多くの言語は,最近拼音(ピンイン)表記案(ローマ字)を採用している。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

百科事典マイペディア 「チベットビルマ語派」の意味・わかりやすい解説

チベット・ビルマ語派【チベットビルマごは】

チベット語ビルマ語カチン語イ(彝)語,ナシ語,レプチャ語,ネパール,インド北西部に分布するヒマラヤ諸語,北部アッサム諸語,アッサム,ビルマ(ミャンマー)北西部に分布するボド,ナガ,クキ,チン諸語,中国四川省,西康省のギャロン語,チイヤン語,甘粛省の古語西夏(せいか)語などの諸言語が互いに親族関係があると想定した名称。通説では漢語(中国語)群,タイ諸語カレン語ミヤオ(苗)語ヤオ(瑶)語シナ・チベット語族を形成するといわれる。諸言語の比較研究は十分に成功していない。
→関連項目ボド

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界の主要言語がわかる事典 「チベットビルマ語派」の解説

チベットビルマごは【チベットビルマ語派】

シナタイ語派とともに、シナチベット語族を構成するとされる語派。中国のチベット自治区や西部の諸省、ネパール、ミャンマー、インドのアッサム地方などで話される多数の言語からなる。分類には諸説があるが、一般に、チベット語群(チベット語・ギャロン語など)、ロロビルマ語群(ビルマ語・イ語など)、ボドナガ語群(バラ語・ナガ語など)、チン語群(タド語・ルシャイ語など)に分けられる。単音節が主体、「主語-目的語-述語」の語順などが共通の言語的特徴である。文献資料や文字をもつ言語がチベット語、ビルマ語、イ語など少数に限られるなか、比較研究が進められている。◇英語でTibeto-Burman。

出典 講談社世界の主要言語がわかる事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のチベットビルマ語派の言及

【インド】より

…この系統の言語(ドラビダ語族)には千万人単位の話者人口をもつものが四つあり,全人口の21%を占める。(4)4番目の種族は,チベット・ビルマ方面から入って来た人たちで,彼らのチベット・ビルマ語派系の言語はヒマラヤ山系と東北インド,バングラデシュの山岳・丘陵地帯に分布し,数十万人から1万人弱の少数部族民により話されている(ネワール語,マニプリー語など)。全人口の0.85%。…

【シナ・チベット語族】より

…言葉の実態と歴史がよくわからなかったのが大きな原因となって,この語族の比較研究はなかなか進展しなかったが,最近は種々の報告が公にされ,研究が著しく進んだ。
[分類]
 大まかな分類では,東の地域に分布するシナ・タイ語派と西の地域のチベット・ビルマ語派に分けられ,さらに下記のように下位分類される(かっこ内は代表言語)。(1)シナ・タイ語派(a)漢語(中国語)群 北方語系(北京語),呉語系(上海語),湘語系(長沙(チヤンシヤー)語),贛(かん)語系(南昌(ナンチヤン)語),客家(ハツカ)語系(客家語),粤(えつ)語系(広東語),閩南(びんなん)語系(厦門(アモイ)語),閩北語系(福建語)。…

【東南アジア】より

…しかし例えば,今日の採集狩猟民は,旧石器時代の生活様式をそのまま保存してきたのではなく,農耕民が存在することを前提として特殊な発展を遂げた採集狩猟民であるように,共存によって民族間関係の体系が生まれ,また変化していくのである。
[語族,民族の形成と移動]
 東南アジア大陸部におけるおもな語族としては,アウストロアジア(南アジア)語族のモン・クメール語派,シナ・チベット語族のチベット・ビルマ語派,カム・タイ語派(タイ諸語),アウストロネシア(南島)語族のインドネシア(ヘスペロネシア)語派がある。 モン・クメール語派はインドのムンダ諸語とともにアウストロアジア語族を形成しており,この語派の言語を話す人々は採集狩猟民(ピー・トン・ルアン,セマン),穀物焼畑耕作民(ラメート族ワ族など),平地水稲犂耕民(モン族クメール族,ベトナム人)というように,さまざまな生活様式にわたっている。…

※「チベットビルマ語派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

大臣政務官

各省の長である大臣,および内閣官房長官,特命大臣を助け,特定の政策や企画に参画し,政務を処理する国家公務員法上の特別職。政務官ともいう。2001年1月の中央省庁再編により政務次官が廃止されたのに伴い,...

大臣政務官の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android