中華人民共和国のチベット(西蔵)自治区を中心にその隣接地域に広く分布するチベット族がチベット語の文語を書くのに用いる文字。チベット語ではプイィbod yig(以下ローマ字は原則としてチベット文字によるつづり字のローマ字転写)という。7世紀,中国史料によるところの〈吐蕃〉王国を創始したソンツェン・ガンポ(581-649)が,伝承によれば大臣トゥンミ・サンボタthon mi sam bhoṭaをインドに派遣し,インド系文字を範とし,当時の中央チベット(ウーツァン(衛蔵)地方)のいずれかの方言の発音に基づいて作らせたといわれる。範となった文字がどこの文字であったのかについて諸説があるが,グプタ文字説が有力である。
チベット文字は表音文字で,基本的には子音字30とi,u,e,oを表す母音記号4から成り,ほかにサンスクリットを転写するのに用いる子音字6と母音記号3がある。左横書きで,単語の切れ目は示されないが,音節の切れ目は点によって示される。音節の頭を示す子音字あるいは2~4個の子音字の結合が母音記号を伴わない限り,その音節の母音はaになり,子音字1個でも子音+aで音節を構成するから,チベット文字は単音(音素)文字兼音節文字ということになる。子音字の中には結合する場合に字形を多少変える文字がある。チベット文字の書体には,大別して角ばったウチェンdbu can〈有頭体〉(楷書体)と丸みを帯びたウメェdbu med〈無頭体〉(行草体)があり,ウメェには行書体ツクリンtshugs ring,ツクトゥンtshugs thung,ツーマキュゥtshugs ma 'khyugs,ペイィdpe yigなどの書体と,草書体キューイィ'khyug yigがある。ウチェンは基本体で主として仏典などの伝統的木版印刷,近年の各種活版印刷に,ツクリンは習字に,ツクトゥン,ツーマキュゥは公文書,あらたまった手紙に,ペイィは写経などに,キューイィは手紙,メモ,記録など日常の書き物のほとんどに用いられる。そのほか,ウメェ系のバムイィ'bam yig,ドゥツァ'bru tshaなどの装飾文字もある。
チベット文字で書かれた現存チベット語資料の最古層,8~9世紀の碑文,敦煌出土文書などではつづり字に不統一が見られるが,9世紀初頭には正書法(つづり字法)が定まり,以後現代に至るまで,つづり字は,基本的な字形とともにほとんど修正されずに用いられてきたから,方言により程度は異なるが,つづり字と現代口語の発音との差異は大きい。例,〈整える(過去形)〉bsgrigs ラサ方言[ ^iʔ]。
チベット文字は千数百年,広い地域で用いられてきたから,8世紀にチベット東北部で話されていたナム語,チベット西部のシャンシュン国のシャンシュン語,時代を下って四川省のギャロン語,ロロ語系のトス語など,さまざまの言語がチベット文字で書写された。
チベット文字から派生した文字としては,13世紀にモンゴル(蒙古)語を書くために考案されたパスパ文字と,18世紀にシッキムのレプチャ語を書くために作られたレプチャ文字がある。
執筆者:北村 甫
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