「機械仕掛けの神」という意味の演劇・文芸用語。本来はエウリピデスの案出した技法で、実際に仕掛けを用いて、神に扮(ふん)する俳優をギリシアの劇場の舞台上方の屋根の上に出現させた。出現した神は劇中において、将来の成り行きを語ったり、人々の対立を調停する役割を果たす。これはドラマの有機的な展開を重んずるアリストテレスやホラティウスの批判を受け、その伝統のなかで、ほとんどつねに悪い意味で語られる。その語義は拡張されて、神が登場しなくとも、また機械仕掛けが用いられなくとも、有機的な展開とは無関係な偶然的要因によって物語に決着をつける便宜的な技法は、すべてこの名でよばれる。この概念の拡張は実際の作例のうえでもたどることができる。すでにアリストファネスはこの技法を戯画化していたが、偶然の要因による決着の技法としてのそれは、古代の新喜劇や近世ではモリエールが好んで用いている。
[佐々木健一]
『佐々木健一著『作品の哲学(第4章)』(1985・東京大学出版会)』
ギリシア語のtheos apo mēchanēsのラテン語訳で,〈機械仕掛けの神〉〈機械仕掛けで現れる神〉の意。転じて難局打開のための安易な解決策を指す。古代ギリシア演劇においては,劇中の葛藤が高じて解決不可能の局面を迎えると,しばしば突如として神が現れ,人間の眼に映っていなかった真実を解示して難関突破の糸口を与え,芝居が終わる。このような場面に神を登場させるために一種のクレーンのごとき仕掛けが考案され,これが〈機械仕掛け〉と呼ばれた。神の直接介入による話の決着は,すでに初期叙事詩人の常套手段となっており,劇作家たちはこれを視覚的表現手段にゆだねたのである。現存するソフォクレスの《フィロクテテス》や,エウリピデスのほとんどすべての劇作は,〈機械仕掛け〉に依存しているが,アリストテレスは《詩学》において,一編の劇作の結末は筋の段どりそのものの中から必然性ないしは蓋然性に基づいて導き出されるべきものとして,その利用については批判的見解を記している。
執筆者:久保 正彰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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