イギリスの生理学者。ロンドン生まれ。1894年ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学、1898年卒業。その後、臨床医学を修め、1903年フランクフルト・アム・マインでエールリヒに師事。1904年ウェルカム生理学研究所に入り、1906年所長、1914年国立医学研究所の生化学・薬理学部長、1928年同研究所長、1946年デービー‐ファラデー研究所長兼化学教授となった。薬理学における業績が大きく、1910年麦角(ばっかく)からヒスタミンを分離し、その化学組成とアドレナリンへの影響を研究、この研究から外科手術の際のショックやアナフィラキシーに及ぼすヒスタミンの作用の研究へと進んだ。とくに有名なのは、アセチルコリンが神経刺激の化学伝導物であることを明らかにしたことであり、1936年には「神経刺激の化学的伝達に関する諸発見」によりO・ローイとともにノーベル医学生理学賞を受賞した。
[大鳥蘭三郎]
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