改訂新版 世界大百科事典 「ニクズク」の意味・わかりやすい解説
ニクズク (肉荳蔲)
Myristica fragrans Houtt.
モルッカ諸島原産のニクズク科の常緑高木。仮種皮を除いた種子をナツメグnutmegといい,ふつう種皮をむいて石灰液に漬け,乾燥して製品とする。また種子を包む太い網目状の朱肉色の仮種皮がメースmaceで,ともに昔からスパイスおよび薬用として珍重された。樹高10~20mになり,多くは雌雄異株。葉は革質で先のとがった楕円形,長さ6~13cm。花は花弁がなく,黄白色の小さいつぼ形で,芳香があり,雄株では数個の雄花が,雌株では通常1~3個の雌花が花序をつくり下垂する。果実は径3~9cmほどのヨウナシ形で,両半面に浅い溝がある。開花後5~6ヵ月で縦溝のところから裂開し,火炎状の仮種皮に包まれた,長さ3cmほどの長円形の種子がのぞく。熟して落下する前に,長いさおの先に籠をつけて果実を収穫する。
10世紀ころからアラビア人がモルッカと貿易を始め,以後16世紀にはポルトガル,17世紀にはオランダなど当時の列強が利益の独占をはかって貿易権を争った。18世紀からはフランス,イギリスによってアフリカなど各地で栽培されるようになった。海洋性気候に適し,熱帯の島でよく育ち,現在ではインドネシア,東アフリカ,西インド諸島などが産地である。日本には1848年(嘉永1)に長崎へ初めて生きた植物がもたらされたが,経済栽培は困難であり,現在はまったく栽培されていない。
主成分はミリスチシン,ピネン,オイゲノール,サフロールなどである。ナツメグはスパイスとして肉その他の料理によくあい,気品の高いフレーバーとわずかの苦みが貴ばれる。菓子用としてはとくにドーナツに不可欠のスパイスとされる。メースはスパイスとしてナツメグよりも上等とされ,格段に高価である。香りもよりマイルドで,刻んだり粉にして料理やパウンドケーキに用いられる。虫食いや屑(くず)のニクズクを圧搾して油を絞ったものがニクズクバターで,薬用,料理・菓子用とされる。果皮も砂糖漬などにして食用とされることがある。
執筆者:星川 清親
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報