イギリスの地質学者。エジンバラの商人の家に生まれ,エジンバラ大学で法律を学んだ後,フランス,オランダに留学し,ライデン大学で医学の学位を得た(1749)。帰国して農場を経営し,また事業家としても成功し,1768年エジンバラに移って,地学の研究を始める。自然科学者J.ブラック,技術家J.ワット,経済学者A.スミスらと交流,影響をうける。とくに地球について関心が深く,1785年にローヤル・ソサエティ・オブ・エジンバラで自説を発表,1795年に《地球の理論Theory of the Earth》2巻として出版,第3巻は1899年に出版された。地球全体を一つの熱機関と考え,地球内部の熱によって地球表面が上昇・下降することにより,隆起,浸食,沈降,堆積,固化,変形,変質が繰り返されるもので,これらは始まりも終りもないサイクルであるとした。また花コウ岩は地下の熱によって形成されたとし,A.G.ウェルナーらの水成説と対立した。近代地質学の基礎である,斉一(せいいつ)説,火成説はハットンに始まるとされる。ハットンの著作は難解であったが,友人のエジンバラ大学の数学教授プレイフェアJohn Playfair(1748-1819)の解説書《ハットンの地球理論の解説》(1802)により普及し,C.ライエルらに影響を与えた。
執筆者:清水 大吉郎
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イギリスの地質学者。スコットランドのエジンバラ生まれ。エジンバラ大学、ライデン大学でそれぞれ法律、医学を学んだのちスコットランドに戻る。野にあって独自に野外での地質観察を行い、1795年に『地球の理論』を著す。世人の注目するところとならず、その死後に友人プレイフェアが彼の説の普及に努めた。学説の根本は「現在自然界におこっている現象をよく理解することによって、過去の自然界の現象を解明しうる」という点にある。これは斉一説とよばれる。過去には現在おこっている現象とはまったく異なる大事件がおこったことがある、とする当時流行のカタストロフィズムの思想に反対の説であった。ハットンの考えはのちにライエルに取り上げられ、地質学研究の基本原理として広く受け入れられている。
[木村敏雄]
Hutton, James
1726.6.3~97.3.26 英国 商人の子としてエジンバラに生まれ,エジンバラ,パリ,ライデンの各大学で医学・化学を学ぶ。一時父の残した農場の経営に当たるが,1768年エジンバラで研究生活に入り,スコットランド,イングランド,北部フランス,オランダを旅行,各地の地質を観察する。95年『Theory of the Earth』(『地球論』または『地球の理論』)を出版。難解だったがJ.プレイフェアーの解説(1802)により一般に理解される。ハットンは現在の自然現象を基に過去の地質現象を合理的に説明することに努め,地下の火の作用を重視して,熱の膨張力が大地を隆起させ,地層を変形させ,この過程で地殻に割れ目を生じマグマが侵入すると考えた。マグマが固結して結晶した岩石ができる。火山は広域的な大地の上昇の安全弁とみなした。A.G.ウェルナーが水成源とした花崗岩を火成源とみなし,火成論者の代表とされたが,二次岩層の形成など水の作用も重視した。ハットンの説はC.ライエルにより高く評価され,斉一説の提唱者としても知られた。
執筆者:今井 功
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…このステノが観察したものが,地史学における基本的概念の一つといわれる〈地層累重の法則〉に発展する。18世紀になって,現代地質学が確立していくが,その間に貢献のあった2人を挙げるとJ.ハットンとW.スミスである。ハットンは現在みられる運搬・浸食・堆積などの作用は過去の地層を理解するうえに重要な意味があり,それを〈現在は過去の鍵である〉という,後に斉一説と呼ばれる考えで示した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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