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ババエフスキー ババエフスキー Babaevskii, Semën Petrovich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ババエフスキー
ババエフスキー
Babaevskii, Semën Petrovich

[生]1909.6.6. ハリコフ
ソ連の小説家。農家の出で,1930年代から文学活動を開始。農村に新しく生れたコルホーズを舞台にした作品が多い。『息子の反乱』 Synovnii bunt (1961) など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ババエフスキー
ばばえふすきー
Семён Петрович Бабаевский Semyon Petrovich Babaevskiy
(1909―2000)

ロシア(ソ連)の作家。ウクライナの貧しい家庭に生まれる。一家は1910年にクバン川上流地方に移り、ここの農村での生活が後の創作に反映されることになった。1936年に最初の短編集『誇り』を出版。39年、モスクワゴーリキー文学大学の通信講座を卒業、同年、共産党に入党する。第二次世界大戦中は、従軍記者として働いた。
 彼の文名を一躍高めたのは、『金の星の騎士』(1947~48)。クバン川地方の集団農場が戦後復興していくさまを楽天的に描いた長編で、その続編『地上の光』(1949~50)とともにスターリン賞を連続受賞した。こうしてババエフスキーはスターリン時代末期を代表するソ連作家として国際的にも広く知られ、『金の星の騎士』は数十か国語に翻訳された(日本語訳は1951~52年)。しかし、「雪どけ」以後は彼の小説は複雑な問題を隠し現実を美化したものだと、ソ連国内でも批判され、「無葛藤(かっとう)理論」、つまりソ連にはもはや深刻な葛藤はないとする非現実的な理論の悪しき産物とみなされるようになった。1950年代には東欧や中国を旅行し、中国での見聞録『ニレの古木の枝』(1957)ほかの紀行文を書いた。
 その後、ソ連国内のイデオロギーの変化にあわせて自分の立場も多少修正しながら、『息子の反乱』(1960)、『郷里』(1964)、『白い光』(1968)、『同時代人たち』(1972)など、一貫して農村を舞台とした小説を書き続けたものの、結局、時代に取り残された過去の作家として一般読者からは忘れられた。今日読まれることはあまりないが、後期スターリン時代の共産党のイデオロギーをもっとも忠実に反映した作家として、文化史的には興味深い存在である。[沼野充義]
『西郷竹彦編『少年少女現代ソヴェト文学選集4 ミーチャのしあわせ』(1959・宝文館) ▽岩上順一訳『金の星の騎士』『金の星の騎士・続編』(1951、1952・三一書房)』

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