日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニレ」の意味・わかりやすい解説
ニレ
にれ / 楡
elm
[学] Ulmus
ニレ科(APG分類:ニレ科)ニレ属の総称。落葉または半常緑高木。葉は2列に並んで生じ、互生し、単葉で基部は左右非相称、縁(へり)に鋸歯(きょし)がある。花は葉に先だって開くことが多く、両性で小形、花被(かひ)片は4、5裂する。雄しべは花被片と同数で、紅紫色を帯びる。子房は普通は1室。果実は翼果で、開花後2~3週間で成熟する。北半球の温帯および熱帯アジアの山地に約45種ある。日本にはハルニレ(変種にコブニレ、ツクシニレがある)、アキニレ、オヒョウが野生し、中国原産のノニレU. pumila L.がときに栽培される。エルムelmは、狭義にはヨーロッパニレU. procera Salisb.をさすが、一般にはニレ属の各種類をさす。日本ではハルニレをエルムとよび、北海道の低地に多く、春の新芽の多さが喜ばれる。樹皮をはぐとぬるぬるするので、ニレの名は「滑(ぬ)れ」に由来するといわれる。
[伊藤浩司 2019年11月20日]
文化史
アイヌの神話では、アイヌの人祖アイヌラックルは、雷神とハルニレの間に生まれた。ハルニレは自身の皮で着物をつくり、アイヌラックルに着せたという。かつてハルニレの樹皮からも衣服をつくったらしいが、アイヌの代表的な織物のアツシ(厚司)は、おもに近縁のオヒョウから編む。オヒョウの樹皮を帯状に剥(は)ぎ、温泉や沼に十数日水浸したのち、残った繊維質をよく水洗して、繊維を得た。一方、ハルニレの繊維は弱く、色も黒いので、オヒョウに混ぜて模様づけに織り込んだり、細く裂いて乾かした皮をかみ、柔らかくして一種の靴下をつくった。またアイヌ神話では、火の神がハルニレから生じたとされる。これはかつてハルニレの木で発火台と発火棒をつくり、こすり合わせて火を得ていたことに由来しよう。北欧神話では、大地を創造したオーディンが、ニレに魂を吹き込み、最初の女性エンブラを誕生させたという。『延喜式(えんぎしき)』(927)にはニレ皮を搗(つ)いて粉を得るとあり、古くはニレの内皮を干して臼(うす)で粉にし、食用にした。中国の『斉民要術(せいみんようじゅつ)』(6世紀)には、ニレの種子を搗いて粉にし、酒と醤(ひしお)をあわせてつくった楡子醤(にれのみのひしお)が載る。ニレの材は中国では椀(わん)、甕(かめ)、車両に重宝され、『斉民要術』には、子が生まれると、幼樹20本を植えれば、結婚の際、結納(ゆいのう)や持参金はそれでまにあうと記述されている。
[湯浅浩史 2019年11月20日]