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バルビゾン派 バルビゾンはÉcole de Barbizon

6件 の用語解説(バルビゾン派の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バルビゾン派
バルビゾンは
École de Barbizon

19世紀中葉のフランスの風景画家のグループ。名称は,1830年頃から彼らが移り住んだパリ近郊フォンテンブローの森の入口にある小村バルビゾンに由来する。ほかに「1830年派」とも「フォンテンブロー派」とも呼ばれる

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デジタル大辞泉の解説

バルビゾン‐は【バルビゾン派】

19世紀中ごろ、パリ近郊フォンテンブローの森の一隅にある小村バルビゾンに滞在して風景などを描いた画家たちの総称。テオドール=ルソーミレーコローなど。フォンテンブロー派。

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百科事典マイペディアの解説

バルビゾン派【バルビゾンは】

19世紀フランスの画派。フランス語エコール・ド・バルビゾンの訳。フォンテンブローの森に近いバルビゾンに住み,〈フォンテンブロー派〉ともいった。ジャンフランソアミレードービニー,ディアズ,テオドール・ルソー一時期コローなどが含まれ,身近な自然を親しみ深く描き,風景画に新生面を開いた。
→関連項目コンスタブル千葉県立美術館デュプレフォンテンブロー派山梨県立美術館ヨンキントリーバーマン

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世界大百科事典 第2版の解説

バルビゾンは【バルビゾン派 École de Barbizon】

19世紀半ばフランスの風景画家グループ。名称は,パリの南東郊,フォンテンブローの森のはずれの村バルビゾンに由来する。T.ルソーは1847年より,ミレーは1849年よりこの村に定住し,ほかにジャックCharles Jacque(1813‐94),ドービニー,ディアズNarcisse Diaz de la Peña(1807‐76)らが長期ないし短期間住んで,ともに風景画の制作に励んだ。バルビゾン派の起源は,フランス国内ではG.ミシェルバランシエンヌP.H.de Valenciennes,コローらの風景画が,構成された理想風景からしだいに離れて,自然観察をもとに現実の風景美をたたえるようになったこと,さらにはこのような流れをさかのぼると17世紀オランダの風景画があり,自国のありのままの自然をうたいあげるロイスダールホッベマファンオスターデらの作品が彼らを魅了したことが考えられる。

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大辞林 第三版の解説

バルビゾンは【バルビゾン派】

一九世紀中頃のフランス風景画家のグループ。テオドール=ルソー、コロー、ミレーなど。パリ近郊のバルビゾン(Barbizon)に住んでフォンテンブローの森などを描いた。フォンテンブロー派。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バルビゾン派
ばるびぞんは
Ecole de Barbison

19世紀フランスの画派。パリ郊外フォンテンブローの森の一隅にある小村バルビゾンに、主として1830年代から60年代にかけて、長期的あるいは短期的に滞在して風景を描いた画家たちの総称。1833年以来この地でしばしば制作し、46年から定住して生涯を終えたテオドール・ルソーの家の納屋が、画家や批評家たちの会合の場所となり、ルソーはいわばこの派の精神的な中心ではあったが、しかし特定な主義をもつ統一的な集団ではない。逆に、各人それぞれの性向や画風によって多様な方向が展開された。ただ、フォンテンブローの森への愛着と、その場で描くという自然主義の姿勢が共通点であり、ロマン主義から印象主義へと移行する時代の自然主義への動向を形成したというべきであろう。
 主要な個性は、コロー、ミレー、ディアーズ、デュプレ、ドービニー、シャルル・ジャック、ポール・ユエ、アンリ・アルピニーたちで、クールべやドーミエ、動物彫刻のバリーたちもここで制作し、のちには印象派の画家たちもここを訪れている。また外人画家でこの地に滞在して描いた例も多い。これら多くの画家たちの画風はきわめて多様ではあったが、古典的な歴史風景画から脱却し、自然の神秘的、汎神論(はんしんろん)的な情調を描くというロマン主義・自然主義的な風景から出発して、しだいに、より現実的な視覚効果の追求へとたどり着いている。印象派の外光主義を直接導いたドービニーたちの画風などがその例である。[中山公男]

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世界大百科事典内のバルビゾン派の言及

【印象主義】より

…またコローは戸外で制作する機会が多く,画面は明るいニュアンスに満ちたものとなった。独立した自然をさまざまな様相でとらえたバルビゾン派は,自然観察の側面で印象派に影響を与えた。しかしなんといっても直接に若き彼らを励まし導いたのは,クールベ,ドービニー,ヨンキント,ブーダンらである。…

【コロー】より

…画壇ではさして芽も出なかったが,ゴーティエ,ネルバルなどロマン主義文学運動の闘士たちは,古典主義的ながらも,情感豊かな彼の作品を高く評価した。バルビゾン派の風景画家たちとも制作場所を同じくするときがあったが,一世代年長のコローは助言者的立場にとどまり,自身は光と大気をやわらかな銀灰色を主調に描く独自の風景画を模索し続けた。50歳になってもボードレールなど一部批評家が好意的であったにとどまり,名声とは縁遠かった。…

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