カナダの生理学者。インスリンの発見により、1923年のノーベル医学生理学賞を、J・J・R・マクラウドとともに受賞した。初め神学を志してトロント大学に入学したが、途中で医学に転じ、1916年卒業と同時に衛生士官として第一次世界大戦に従軍、戦功十字勲章を受けた。
1920年から西オンタリオ大学生理学助手。当時、糖尿病は致命的な難病であったが、生理学的には、膵臓(すいぞう)のランゲルハンス島細胞から分泌されるある物質の欠乏が原因であると考えられ、その抽出をめぐって研究者の間で激しい競争が展開されていた。バンティングは、抽出がなかなか成功しないのは、膵液によって、この物質が分解されてしまうためと考え、マクラウド教授の下で、医学生のC・H・ベストとともに、昼夜兼行の精力的実験を続け、1921年7月ついに血糖降下作用をもつ物質の抽出に成功し、翌1922年1月11日には臨床的にもその効果を実証した。ベストの貢献を重視したバンティングは、ノーベル賞の賞金を彼と分け合った。第二次世界大戦にふたたび従軍し、イギリス本国との連絡飛行中、ニューファンドランド上空で事故死した。
[梅田敏郎]
カナダの医学者。オンタリオ州アリストンで生まれ,トロント大学で宗教学を修めていたが1年で医学に転じ,解剖学と外科学に興味をもった。1916年卒業と同時にカナダ陸軍の軍医となり第1次大戦に従軍,18年フランスで負傷し十字勲章を授与された。オンタリオ州ロンドンで開業,地元のウェスタン大学で解剖学と生理学を講じた。糖尿病に注目し,21年トロント大学生理学教授マクラウドJohn Macleod(1876-1935)の協力で実験室と共同研究者ベストCharles H.Best(1899-1978)を得て,膵臓のランゲルハンス島から分泌されるインシュリンを発見,これを糖尿病治療に用いて卓効を示した。23年マクラウドとともにカナダで初めてノーベル生理・医学賞を受賞した。協力者ベストもノーベル賞を受けるべきだと主張したが,説得されて受賞し賞金の半分をベストに贈った。トロント大学にバンティング=ベスト講座が設けられ,34年サーの称号を与えられた。第2次大戦で再び軍医となり航空医学研究に従事,ニューファンドランド上空で飛行機事故のため死去した。
執筆者:本田 一二
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カナダの生理学者.トロント大学ではじめ神学を志したが,まもなく医学に転じ,1916年に卒業.軍医として第一次世界大戦に従軍し,負傷して退役ののち,トロント小児病院に勤務.1921年トロント大学教授J.J.R. Macleod(マクラウド)の研究室で,助手のC.H. Bestとともに,イヌを使って膵臓から分泌される血糖降下因子の抽出を試み,インスリンを発見し,糖尿病の治療に用いて成功した(1922年).この功績により,1923年Macleodとともにノーベル生理学医学賞を受賞.ただし,かれはMacleodの功績を認めず,賞金をBestと分けあった.同年トロント大学医学研究所所長に就任し,以後,がんや血栓の研究に従事した.1941年飛行機事故で死亡.
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…肝臓,筋肉,脂肪組織などに作用し,主として補給栄養系の体内蓄積同化を促進し,グルカゴン,成長ホルモン,コルチゾール,エピネフリンなどの異化作用と拮抗して代謝の調節をつかさどり,結果として血糖を低下させる。 インシュリンは1921年,バンティングF.G.BantingとベストC.H.Bestによって,膵臓の抽出物中から,血糖降下物質として見いだされた。次いで26年,エーベルJ.J.Abelが結晶化に成功,55年にサンガーF.Sangerがそのアミノ酸配列を明らかにした。…
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