航空機が飛行する上空の環境は,高度が上がるほど空気が希薄となり,気圧や気温が低下する。無防備のまま上昇すると,人体は平地では遭遇することのなかった異常な環境にさらされることになる。また,高速で飛行する航空機の特性上,加速度,振動,動揺,騒音などのため,搭乗者は生理的にも心理的にも過大なストレスをうけて病的症状が発現する。航空医学は,これらの症状発現の原因や機序をしらべ,飛行の安全を確保するための予防対策や処置法を確立するために発達した医学の一分野である。航空機発達の初期のころは,飛行の高度や速度も高くなかったので,医学的に問題とされる生理的ストレスも多くはなかったが,現在のように超高速・超高空飛行が行われるようになると,環境変化にともなうストレスの影響は無視できなくなった。急激な気圧の減少によって起こる減圧症(気圧性中耳炎や副鼻腔炎,関節痛を起こすベンズbendsや胸痛を起こすチョークchokes,気圧性歯痛など)や酸素欠乏によって起こる急性低酸素症(高度約3000m以上で呼吸循環機能亢進,4500m以上で循環不全や中枢神経障害,6000m以上で意識喪失などをきたす)に対する医学的対策が必須となり,航空医学は,第2次大戦中の航空戦略の転換を契機として飛躍的に進歩した。今日,民間航空が与圧室機構をはじめとする各種安全装置を装備した超大型機を用いて,死の世界ともいうべき成層圏を超高速で飛行し,多数の人員を安全に輸送する交通機関の役目を果たしているのは,航空医学の成果に負うところがきわめて大きい。今日,航空医学は航空機の性能の向上にともない,研究領域が広がり,課せられた重要研究課題は著しく拡大した。そのおもなものを挙げると,(1)基礎的な航空生理学に属する低圧・低酸素のストレスに関する問題,(2)離着陸や空中旋回時の機体の加速度や振動・衝撃・動揺・騒音などの人体に及ぼす影響,(3)航空機相互間または地上管制室との無線交信や高速飛行体からの物の見え方(ニアミス防止の見張りなど)等々,操縦士の操縦操作と飛行安全に直接かかわる聴覚・視覚情報処理能の問題,(4)空中における機体の正確な姿勢判断に影響を与える空間識失調や飛行錯覚の問題などが取り上げられている。さらに,機体側の性能に関して,(5)搭乗者の安全を確保するための救命装備品(酸素マスク装置,与圧室機構など)の開発に関する医学的諸問題,(6)操縦士の操縦操作とコクピット設計,つまり人間-機械系の円滑な連係動作にかかわる人間工学的諸問題なども研究対象とされている。また,現在最も重要な課題の一つとして取り上げられているものに,(7)搭乗者が安心して生命を託すことができるような優秀なパイロットが具備すべき身体的・心理的適性と選抜方法,教育訓練方法などに関する問題がある。同時に,スチュワーデスなどの搭乗勤務員や航空管制官などの地上勤務員の適性・選抜・訓練も重視されている。また,(8)これら航空従事者の健康管理,とくに精神衛生管理にも力が注がれており,(9)高速大陸間飛行時の乗客を含めた搭乗者の〈時差ぼけ〉や疲労対策も研究対象としている。(10)不幸にして航空事故を起こした場合にその人的要因を徹底的に究明し,さらに潜在事故を分析することも航空医学の重要課題である。航空医学の研究と実務は,基礎・臨床の医学者だけで達成されるものでなく,心理学,工学,情報科学など幅広い専門家の協力と連係が必要であって,学際的科学の一つといわれるゆえんでもある。航空医学の研究には,低圧タンクや各種の加速度装置が必要であり,研究機関にはこれらの人体実験用特殊装置を備えているのも通常の医学研究機関と異なる特徴の一つである。現在活発に展開されつつある有人宇宙飛行計画を支えている宇宙医学は航空医学を基盤として発展したものである。
→宇宙医学 →高山病 →ハイポキシア
執筆者:万木 良平
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
航空医学とは航空に関する医学的問題を研究する医学の特殊分野である。すなわち、航空機乗組員および乗客に対する医学的諸問題に関して、基礎医学、臨床医学、その他関連科学の分野から研究し、応用していく医学である。最近では、宇宙飛行時の無重量医学、月の低重力医学を加え、航空宇宙医学と称することが多い。厳しい航空環境に対し、生命の安全を図り、快適な飛行をするにはどうすればよいか、乗員の航空適性検査とその健康管理、あるいは航空計器や操縦装置のあり方などを研究し、航空安全を確保するのがその目的である。また、航空事故が起きたときには、事故の人的要因を調査し、乗員、乗客の救難対策を実施していく。したがって、航空医学に関する重要テーマとしては、(1)航空宇宙環境(大気、気温、気圧、騒音、振動、紫外線、オゾン、宇宙放射線)、(2)航空生理(低酸素症、減圧症、加速度病、衝撃)、(3)航空心理学(航空機に関連した視覚、聴覚、飛行錯覚、空間識失調)、(4)航空適性(航空身体検査および心理検査)、(5)航空人間工学(航空計器、操縦装置、警報の設計と配列)、(6)機内の生命維持(与圧室、与圧服、酸素吸入装置)、(7)航空事故の人的要因(不注意、航空神経症、航空疲労)、(8)航空事故および潜在事故の医学的調査、(9)脱出および救難(落下傘降下の生理、海洋上の救難)、(10)訓練(航空生理訓練、与圧室訓練)、(11)航空健康管理(操縦者の心身の健康管理、乗客の身体的搭乗制限)、(12)傷病者の空中輸送、などがあげられる。最近では、航空食、宇宙食、民間航空機では機内食の衛生なども重視されている。
航空宇宙医学の研究所は、アメリカの10余の研究所をはじめ、全世界に40余の研究所がある。日本には、航空自衛隊の航空医学実験隊、名古屋大学の環境医学研究所(航空医学および心理学の研究室)、東京慈恵会医科大学の宇宙医学研究室がある。
[横堀 栄]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、和歌山県串本町の民間発射場「スペースポート紀伊」から打ち上げる。同社は契約から打ち上げまでの期間で世界最短を目指すとし、将来的には...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新