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パレンケ パレンケPalenque

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デジタル大辞泉の解説

パレンケ(Palenque)

メキシコ南東部、チアパス州西部にあるマヤ古典期を代表する遺跡。マヤ文明の研究に重要な碑文が多数発見された神殿や、天体観測が行われたと思われる宮殿がある。1987年、「古代都市パレンケと国立公園」の名称で世界遺産文化遺産)に登録された。

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百科事典マイペディアの解説

パレンケ

メキシコの南部に位置するユカタン半島の付け根部分にあるマヤ文化の古典後期を代表する神殿遺跡。7世紀後半に建てられた高さ20mを越す碑銘の神殿をはじめ宮殿,十字架の神殿,太陽の神殿などと呼ばれる多くの神殿の遺構が残されている。

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世界大百科事典 第2版の解説

パレンケ【Palenque】

メキシコ,ユカタン半島の南部,メキシコ湾に注ぐウスマシンタ川の中流域にあるマヤ文化神殿建築遺構群。マヤの諸都市のうち,ティカルTikalに代表される初期の遺跡についで,上流にあるヤシュチランYaxchilán,ピエドラス・ネグラスPiedras Negrasなどの遺跡とともに,7~8世紀ころ栄えた。500m×300mの中心部の周囲東西10kmにわたってひろがる。メキシコ国立人類学歴史学研究所で調査,修復が行われている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

パレンケ
ぱれんけ
Palenque

メキシコ南部チアパス州西部にある古典期のマヤ遺跡。1987年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。1952年「碑文の神殿」から、ひすいの面をかぶった王者の地下墳墓が発見され、その後碑文の解読がアメリカの学者たちにより精力的に行われて、パレンケの王朝の歴史の一部が解明された。埋葬された王は、紀元683年に80歳で死んだパカルであり、その子チャン・バアルムの時代に彼を葬るため神殿が建てられた。また同じ時代に、「太陽の神殿」、「十字の神殿」、「葉状十字の神殿」などの、パレンケを代表する優美な建物も建てられた。王や貴族の住居だったと考えられる「宮殿」は、パカルの時代に建設が始まって、その後の王たちの手で次々に建て増しされたらしい。マヤ建築で唯一の4階の塔が付属している。パレンケの勢力は、764年に即位したクック王の時代に衰退に向かったらしい。パレンケでは、ティカルコパンなどにみられる独立した碑石でなく、建物の壁やパネルに文字記録が彫刻されているのが特色である。[増田義郎]

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世界大百科事典内のパレンケの言及

【キロンボ】より

…大半のキロンボは短命に終わったが,1694年まで約90年間続いたペルナンブコの〈パルマーレスPalmares共和国〉や,18世紀末ミナス・ジェライスで10集落2万人を擁した奴隷王国も知られている。なおパレンケPalenqueと呼ばれたスペイン領植民地の逃亡奴隷社会は,カリブ海地域,大陸部熱帯地域を中心に形成され,西半球最大のパレンケとして知られたスリナムの黒人王国のように,今日もなお自治権を保持しているものもある。シマロン【清水 透】。…

※「パレンケ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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