ヒトゲノムと疾患の分類

内科学 第10版の解説

ヒトゲノムと疾患の分類(遺伝子疾患)

(1)遺伝子・ゲノム・疾患の遺伝学とは
 ヒトに限らず,生物はみなゲノム(genome)をもつ.ゲノムには,生物の多様な姿かたちが構築され,その生命活動が維持されるのに必要な生物学的情報が含まれている.この生物学的情報は,DNAまたはRNA分子のヌクレオチド中に暗号(コード)として担われている(その主体をなすのがアデニン(A),シトシン(C),グアニン(G),チミン(T)という4種類の塩基配列である).ヒトのゲノム中には約2万~2万5000種類の遺伝子が存在すると推定されているが,おのおのを機能単位として区分することが必ずしも容易でないことがわかってきた.
 1958年にFrancis Crickが提唱したセントラルドグマ(図1-3-1)において,下流に位置する蛋白質の構造や量に異常が生じてその機能が障害されると,ヒトでは健康が損なわれて疾患が生じる.疾患の遺伝学は,こうした障害が世代をこえて伝わる仕組みを研究する生物学の一分野である.遺伝子の情報が細胞における構造や機能に変換される過程を遺伝子発現といい,遺伝子の異常は遺伝子発現の異常をもたらす.通常は蛋白質の合成を指すが, RNAとして機能する遺伝子(non-coding RNAとよばれる)に関してはRNAの合成が遺伝子発現である.
 体細胞であれ生殖細胞であれ,原則的に,細胞が分裂するたびに,ゲノムの完全なコピーがつくられなければならず, この細胞分裂の過程で行われるDNA複製には,突然変異(mutation,以下,単に変異と略す)が導入されるのを防ぐための厳密な正確さが要求される.しかし,複製(コピー)時のエラーや化学的・物理的な外来変異原によって,いくらかの誤りは起こり得る.これに対し,DNA修復酵素が誤りの多くを修復するが, 一部,生殖細胞において修復システムを逃れ,個体の生殖能力をそれほど損なわなかった変異だけが集団中に導入され,親から子孫へと伝わり,細胞系統の恒久的な特徴となる.
 以下,遺伝的変化(遺伝子の変異や染色体異常など)が疾患を生ずる機序,世代をこえて疾患形質が伝わる仕組みと研究方法,そして遺伝性疾患への対策について述べる.
(2)ヒトの遺伝的多様性と新規変異の出現
 ゲノムDNAは安定した存在でなく,さまざまな遺伝的変化にさらされている.大規模な染色体レベルの異常には,染色体の欠失・獲得などがあり,また小規模なDNA配列レベルの変化には,塩基置換,欠失,挿入がある.一般集団中において1%以上の頻度で存在するDNA配列のバリエーションを多型(polymorphism)といい, 一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)はその一種である.ヒトゲノム中には1000万カ所以上のSNPがあり(平均で約300塩基に1つ),それらのなかに疾患の成因にかかわるものや薬物の反応性を規定するものが存在すると推定されている.
 こうした多型ないし変異は,DNAの複製や修復時のミスとして生じることが多い.外部環境に存在する各種の変異原(自然界の電離放射線など)や,細胞内環境に生じる変異原(偶発的な化学反応がもたらす種々の活性代謝産物など)への暴露によって,DNAの変異は誘発されるが,通常の環境下では,内因性変異のほうがはるかに多い.そのようなDNA損傷が修復不能な場合,アポトーシスにより当該細胞は除去されて問題にならないことが多いが,ときにそうした変異によって体細胞の分裂が不適切に継続し,癌化の原因となることがある.他方,新たな変異は,単一個体の生殖細胞にも生じて,進化の原動力になるとともに,子孫へと伝達される疾患の原因にもなる.個体のDNAでは,多くの変異が本質的に無作為な場所に生じるが,生命活動に大きな影響をもたらすものは,ヒトゲノムの1.1%に相当するコードDNA配列と,約4%の蛋白質をコードしない高度に保存された領域(転写調節配列などを含む)に偏在すると推定されている.生殖細胞における新たな変異の出現頻度は,自然選択によってきわめて低く抑えられており(1世代1塩基対あたりの塩基置換の発生頻度は108程度と推定),特にコードDNA配列での変異率は非コードDNA配列でのそれと比較してはるかに低い.一般に,ある集団中に存在する変異型対立遺伝子の出現頻度は,自然選択以外にも多くの要因(ランダムな遺伝的浮動,遺伝子変換など)によって規定される.
(3)遺伝子と疾患
 遺伝子(gene)は,蛋白質をつくるなど,細胞にとって有用な機能を担っている.その機能に何かトラブルが発生した場合,たとえば蛋白質の量に過不足が生じたり,蛋白質の性質が変わって本来の働きができなくなったりすると,結果として疾患を引き起こすことがある.
 一概に疾患遺伝子といっても,遺伝子型と表現型とを結びつけるのは容易でない.たとえば注目する蛋白質をコードする遺伝子においてDNA配列の変異(遺伝子型)が特定の疾患形質(表現型)とどう結びつくかの機序は,多様である.塩基配列の置換が,アミノ酸も置換して蛋白質の劇的な機能変化を生じたり,遺伝子自体の発現レベルを増減させたり,あるいはmRNAのプロセシングや安定性を介した間接的な影響を引き起こしてもよい.また蛋白質の異常は,それを直接コードしている構造遺伝子上に生じているとは限らず,さまざまな遺伝子の変異によって同一の疾患が引き起こされる現象(遺伝子座異質性,後述)もしばしば認められる.
(4)遺伝要因からみた疾患の分類
 一般に,ほぼすべての疾患は遺伝要因と環境(ないし非遺伝)要因とが合わさって発症する.両要因のかかわる度合いにより,おおまかに,Mendel遺伝病,多因子遺伝病,そして(事故や外傷などの)遺伝子とはほとんど無関係な疾患,の3つに分類することができる(図1-3-2).
 Mendel遺伝病ないし単一遺伝子疾患は,いわゆる遺伝病とよばれるものであり, 1個 (あるいはときに少数)の遺伝子に遺伝的変化が生じて発症するまれな疾患である.この場合,おもに変異などが疾患の発症を決定づけており,環境要因はほとんど関与しない.一方,多因子遺伝病は,癌,糖尿病,高血圧,骨粗鬆症などの生活習慣病を代表とする,罹患者数の比較的多い疾患であり,遺伝要因と生活習慣などの非遺伝要因が複雑に相互作用することによって発症する.この場合,遺伝要因として複数の異なる遺伝子座のバリエーションがかかわり,また同一家系内の罹患者どうしでも同じ組み合わせのバリエーションをもっているとは限らず,たとえ遺伝要因としての組み合わせが同じであっても環境が異なれば,発症しないかもしれない.
 現実的には,両要因のかかわる度合いが疾患ごとに連続的に異なるため,上記のような2つのカテゴリーへの明確な分類は困難である.しかし,一定の遺伝要因と非遺伝要因が整っていれば,ときに,特定の(1つの)遺伝子座の遺伝子型が,ある家系における疾患形質の発現にとって必要かつ十分となることがある.こうした疾患がMendel遺伝形質(ないしMendel遺伝病)とよばれ,なかでも,最も単純な“1遺伝子1疾患”の対応関係の推定可能なものが,便宜的に単一遺伝子疾患と位置づけられる.典型的なMendel遺伝形質は,特徴的な家系図を生じることが多いので判別でき,ヒトではこれまでに7000種類以上の疾患形質が報告されている(NCBIのOMIM(Online Mendelian Inheritance in Man)に登録されている).一方,家系図をみても単純なMendel遺伝のパターンで説明できないものは,非Mendel遺伝形質とよばれる.これは,多因子遺伝形質と同義に使われることが多く,多因子遺伝形質は悉無形質(dichotomous trait)と量的形質(quantitative trait:QT)の2つに大別できる.疾患形質を例にあげると,前者は,先天性奇形などの“病気があるかないか”という遺伝形質であり,その基礎となる遺伝子座は感受性遺伝子(susceptibility gene)とよばれる.それに対し後者は,体重や血糖,血圧などの値で,集団中では連続的な分布を示す遺伝形質であり,その基礎となる遺伝子座は量的形質遺伝子座(QTL)とよばれる.[加藤規弘]

文献加藤規弘:ゲノムワイド関連解析(GWAS).動脈硬化予防,10(3),98-99,2011.
Strachan T, Read AP: Chapter 15 複雑な疾患の遺伝的マッピングと同定.ヒトの分子遺伝学第4版(村松正實,木南 凌,他監訳),pp537-569,メディカルサイエンスインターナショナル,東京,2011.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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