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ヒラリウス Hilarius

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヒラリウス
Hilarius

[生]?. サルジニア
[没]468.2.29.
サルジニア(→サルジニア島)出身の第46代教皇(在位 461~468)。聖人。449年,エフェソスで東ローマ皇帝テオドシウス2世(在位 408~450)によって強引に開催された盗賊教会会議に,教皇レオ1世(在位 440~461)の特使として出席し,コンスタンチノープル総大司教フラウィアヌスを退ける決定に反対した。その訴えは無視されたが,ヒラリウスはローマへ逃れ,レオ1世の後継者に選ばれた。悪弊を正し,南ガリアやスペインから提起された論争を解決するなど,賢明で熱心な管理者であった。465年にヒラリウスが開催した宗教会議は,制定された法律が現存する最古のローマの宗教会議である。祝日は 2月28日。

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大辞林 第三版の解説

ヒラリウス【Hilarius】

315頃~367) ポワチエの司教。反アリウス主義者として、アタナシウスを支援し小アジアに追放される。ギリシャ神学を西方に紹介、アウグスティヌスやトマス=アクィナスの典拠となる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヒラリウス
ひらりうす
Hilarius
(310ころ―367)

初代キリスト教の有力なラテン教父。フランスのポワチエの高貴な異教徒の家庭に生まれる。当時の修辞学、哲学に通暁していたが、人生の意味を問い求め、聖書を学ぶようになり、ついには改宗して洗礼を受けた。350年ごろ、聖職者と民衆に推されて故郷ポワチエの司教に選出された。アリウス派との論争に参加し、正統信仰の擁護に尽力した。アリウス派を論駁(ろんばく)する主著『三位(さんみ)一体論』12巻を著した。これはアウグスティヌスの『三位一体論』に影響する。そのほか『教会会議』もある。[中沢宣夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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