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ビビアーニ

百科事典マイペディアの解説

ビビアーニ

イタリアの物理学者。ガリレイに学び,その死後トリチェリの弟子となる。トリチェリと協力し1643年トリチェリの真空を発見。またガリレイの遺稿を教会の追及から隠し,後世に伝えた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ビビアーニ【René Viviani】

1863‐1925
フランスの政治家。弁護士として出発し,1893年パリで下院議員に初当選後,ジョレスらと独立社会主義派を形成。1906年以降,クレマンソー内閣,ブリアン内閣で労働相などを務め,労働立法成立に貢献した。14年に首相兼外相となり,第1次大戦勃発にあたって動員令を発布,〈神聖同盟〉による挙国一致を議会で通過させた。その後も政府要職を歴任,国際連盟においてフランス代表を務め,22年には上院議員になった。【福井 憲彦】

ビビアーニ【Vincenzo Viviani】

1622‐1703
イタリアの物理学者,数学者。フィレンツェに生まれ,1639年ガリレイの弟子となった。ガリレイの死後もトスカナ大公フェルディナンド2世の庇護(ひご)を受け,実験科学者の学会であるアカデミア・デル・チメントを主宰した。ガリレイの遺稿を教会当局の追及の手から守り,彼の数々の逸話を伝える伝記を著した。43年E.トリチェリとともに有名な真空実験を行ったほか,古代ギリシアの数学者の著作の研究,翻訳にも力を注いだ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビビアーニ
びびあーに
Ren Viviani
(1863―1925)

フランスの政治家。アルジェリアに生まれる。パリで弁護士、無所属の社会主義政論家として活躍。1893年下院議員となり、1902年落選したが1906年再選され、1910年以後は上院議員。1902年ごろよりジョレスに協力、『ユマニテ』紙創刊や統一社会党形成を助けた。クレマンソー、ブリアンの両内閣で労働・社会福祉相(1906~1910)に任じ、1913年文相となり、1914年6月、社会共和党の領袖(りょうしゅう)として同党と急進社会党との連立内閣の首相兼外相に就任。同年8月に第一次世界大戦が起こると、同月末に内閣改造を断行し、いわゆる「神聖連合」の実を示した。翌1915年辞職、後継内閣の法相となった。1917年夏、ジョフル元帥とともに渡米し対仏援助を促し、戦後、ブリアンに伴いワシントン会議(1921~1922)でのフランス代表を務めた。[西海太郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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